【己龍】狂気にまみれた美しさ!「愛怨忌焔」の世界を解釈してみよう

現在4度目となる47都道府県単独巡業「傀露蒿儡」で精力的に全国各地を回っている己龍。しかし己龍の楽曲は、少し聴いてみただけでは意味の解釈が少々難しい楽曲が数多くあります。その中で記念すべき10枚目のシングル「愛怨忌焔」の衝撃的なMVと不気味な歌詞の意味はどう解釈できるのでしょうか。「愛怨忌焔」の世界を覗いてみたいと思います。

己龍が作り出す和製ホラーの世界

2017年4月7日赤坂BLITZを皮切りに、自身4度目となる47都道府県単独巡業「傀露蒿儡」を行っている己龍。「和製ホラー」というコンセプトの元、唯一無二の作品やファンとメンバーが一体となっていることを感じられるライブ空間を作り続けています。

そんな彼らがリリースする楽曲は、コンセプトにあるように「和」の持つ独特な雰囲気の中で表現される妖怪や幽霊といった一般的にイメージされる「ホラー」要素に、生きている人間からにじみ出る狂気的な「ホラー」要素も加え恐ろしく不気味な、しかしどこか妖艶な美しさや切なさも感じる作品ばかりです。

聴けば聴くほど素晴らしい楽曲ばかりですが、その歌詞は意味を考えてみようとすると少々難しいものが多くあります。今回は2度目の47都道府県単独巡業に伴ってリリースされ、記念すべき10枚目のシングルとなった「愛怨忌焔」の歌詞とMVの世界を独自に解釈してみます。これが正解ということではなく、あくまで「愛怨忌焔」の一つの見方として楽しんで頂けたらと思います。

「愛怨忌焔」の歌詞で表現される世界

「愛怨忌焔」は2013年5月29日にリリースされた己龍の10枚目のシングルです。前作である「悦ト鬱」と比較してみると一気に楽曲の雰囲気が変わってきているのが分かるかと思いますが、それは同時に己龍が生み出す楽曲の幅広さを感じさせます。

己龍の楽曲の大半は、メインコンポーザーである上手ギターの酒井参輝さんが作詞・作曲をしておられます。長年DIR EN GREYを好んでずっと聴いているというエピソードもあり、元々生粋のヴィジュアル系好きとしても知られる参輝さんの作る楽曲ですので、自分たちが貫くコンセプトである「和製ホラー」という「己龍らしさ」の中にもヴィジュアル系の音楽を好むファンを惹き付ける要素を取り入れるのが上手なのかもしれませんね。

タイトル「愛怨忌焔」から読み解く切ない想い

では、「愛怨忌焔」の歌詞の世界を見ていきましょう。まずは「愛怨忌焔」というタイトルです。これは実際に存在する「合縁奇縁」という四字熟語に、己龍らしい漢字を当てはめたものということのようです。では実在する「合縁奇縁」にはどういう意味があるのでしょうか。

不思議なめぐり合わせの縁。人と人とが互いに気心が合うかどうかは、みな因縁(いんねん)という不思議な力によるものであるということ。人と人の結びつきについていうが、特に男女の間柄についていう。

(出典:goo辞書より)

これを踏まえて改めて歌詞を見てみると、相手に対して「合縁奇縁」を求めている人物の姿が浮かんでくるように思えます。

相手がいくつも嘘を重ね続けていることが分かっていながらそれでも愛しているから繋ぎ止めていたいという気持ちと、嘘を重ねられることで自分が傷付いていくことに対する怨みの気持ちとの間で、相手との「合縁奇縁」を求める思いがいつしか「愛怨忌焔」へと形を変えてしまいます。

「愛」することが「怨」みに変わりその思いが「忌」むべき「焔」となって燃え上がってしまった結果、それは更に「狂気」へと変わりついには相手をその手に掛けてしまうという残酷な結末が待っている、切なく悲しい物語が見えてくるようです。

歌詞から解釈できる世界観は?

歌詞の中に「吐瀉」という言葉が出てきますが、本来ならばこれは嘔吐物とほぼ同じような意味を持つ言葉です。しかし「愛怨忌焔」の世界では、この言葉が使われている「吐瀉の海」という表現を「血の海」だと考えるとしっくり来るのではないかと思います。

「焔」となって自分自身を焦がしてしまった愛憎の思いから生まれた自らの欲と血の海の中で、恐怖の混じった驚きの表情を浮かべてめいいっぱい目を見開いている相手の姿に自分は恍惚を感じている、そんな恐ろしくも悲しい情景が目の前に広がっていくようです。

MVに見る「愛怨忌焔」とは

それでは次に「愛怨忌焔」のMVの世界を見てみます。

衝撃的なシーンが盛りだくさんで少々閲覧注意を促したくなるこちらのMVは、ボーカルの黒崎眞弥さんがメイキング映像で発言したところによると、「初めて演技力を求められたMV」だということです。確かに「愛怨忌焔」以前のMVと比較すると、それまでには無かった明確なストーリー性が見て取れます。では「愛怨忌焔」のMVで表現されたストーリーとはどのようなものなのでしょうか。

まず何より一番のインパクトをもたらしているのは、ノコギリで打ち首にされようとしている眞弥さんです。冒頭から登場しますが、これこそストーリーの結末ともいえるであろうノコギリで首を切られ続ける眞弥さんの痛々しい姿は、つい目を背けたくなってしまいます。

眞弥さんがあのような姿になってしまうまでにはどんな物語があったのか、MVをじっくり見ながら解釈を広げてみたいと思います。

そもそも眞弥さんが表現しているのはどのような人物なのか。こちらもメイキングにて下手ギターの九条武政さんが、眞弥さんが撮影している様子を見て「変態クソ野郎」などと評していますが、確かに女性を縛ったり挙句の果てには刀を突き刺すなどかなり猟奇的な嗜好を持った江戸時代の絵師といった風情です。

そう考えると、武政さんの言う「変態」はあながち的外れでもなさそうですね。自らが思う最高の絵を描くためには他人を傷付けることも厭わない、しかし最後には事が露見し処刑されてしまう。そんな人物像が見えてきます。

そこで気になるのは他のメンバー4人です。彼らはMVの終盤で刀を振るい、そして絶命している様が表現されています。彼らが扮するのはいったい誰なのでしょうか。

考えられるのは、眞弥さん扮する絵師の弟子かなにかなのではないかということです。常識から外れた師匠の嗜好と行動を、世間に隠そうとする見張り役のようなことを命じられるも師匠を捕らえようとする者たちにその場で始末されてしまうといった状況が想像できます。もしくは、義賊のようなことを行っている4人が絵師の猟奇的な行動を知り、討伐しようとするも返り討ちにあってしまったというような情景を浮かべることもできます。

ここまでストーリー部分のみにスポットを当てましたが、夜の闇の中で炎に照らされながら妖しくも力強い演奏をするメンバーたちは、妖艶で切ない雰囲気を持つストーリー部分に更に彩りを添えているので必見です。

貫き通す己龍という世界

楽曲を聴いて感じることは人それぞれであり、人によってさまざまな解釈があるでしょう。本当に楽曲を込められた意味を知りたいと思えば、メンバーがインタビューで楽曲について語った記事等が一番の正解だといえます。しかしそれを読むだけでなく、自分自身で歌詞やMVに込められた意味を少し考えてみると楽曲の違った魅力を発見できたり、より楽曲の世界に入り込むことができるのではないかと思います。

4月から始まった己龍47都道府県単独巡業「傀露蒿儡」も、前半戦が終盤を迎えて後半戦に突入しようかというところまで進んでいます。己龍にハマったばかりだという人も、長年ファンを続けている人も改めて己龍の楽曲を更に深く覗き、歌詞やMVの世界に思いを馳せることでライブに行った際には今まで以上に歌も演奏も輝いて見えるのではないでしょうか。

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