エアバンドのきっかけは…金爆、下積み時代の感動エピソード

台風の影響で沖縄ツアーが延期となってしまったゴールデンボンバー。さて、そんな今では大人気の金爆ですが、下積み時代には様々な苦労が彼らを襲ったといいます。今回は金爆の下積み時代のエピソードをお届けいたします。

台風の影響で沖縄ツアーが延期となってしまったゴールデンボンバー。日程は調整中とのことですが、開催はされるとのことで一安心ですね。

さて、そんな今では大人気の金爆ですが、下積み時代には様々な苦労が彼らを襲ったといいます。今回は金爆の下積み時代のエピソードをお届けいたします。

金爆も最初は普通に演奏していた!

金爆は2004年結成。当初は普通のパンクバンドで、普通に楽器を演奏していたといいます。しかし数回ライブしただけで解散してしまいます。キャン様がメンバーを説得し、なんとか再結成したそうです。

ちなみに解散理由は、楽器が下手だったから、だそうです。

そしてその後、キリショーの身におきたある出来事が、彼らを今のエアーバンド形式への変更を決意させたのです。

金爆がエアーバンドを始めるきっかけとなったキリショーの感動秘話

これはキリショーの自伝で語られたエピソードです。

2007年頃、キリショーはTSUTAYAでバイトをしていたそうです。ある日、そのバイト先にある女性が訪れます。その女性はCDをレンタルしにきたようなのですが、なんと耳が不自由だったのです。そこで2人は筆談でコミュニケーションを取り、キリショーも耳の聞こえない彼女を気遣い、丁寧に接客したそうです。

そういったことから2人の仲は近づき、交際することとなりました。それからも耳の障害について勉強し、耳が聞こえない彼女に自分の音楽を伝えるにはどうすればよいのか日々考え続けていたといいます。

そこで考えついたのが、「エアーバンド」でした。耳が聞こえない彼女にも、目に見える楽しさなら伝わるはず。そう考えたのです。残念ながらその後2人は別れることになってしまったようですが、その後も彼らはエアーバンドを続けます。

ちなみに、現在は廃盤となってしまっているアルバムにしか収録されていない「悲愴」や「a」は彼女のことを想って作られた曲だそうです。

エアーバンド・金爆を襲う苦難の日々…

こうしてエアーバンドとして活動を続けることとなった金爆でしたが、下積み時代はそれは悲惨だったといいます。エアーバンドであり、楽器を演奏していないことからメディアに取り上げられることはなく、ライブをしても閑古鳥が鳴いているような状態。

それでも少しでも知名度を高めようと全国をマイカーで回り続けました。そんな状況でお金に余裕があるわけもなく、炊飯器と米だけ持ってまわっていたといいます。そんな貧乏さを察したのか、ファンが缶詰などを差し入れてくれることもあったようです。そんなファンたちのことを「女神」と呼び崇めていたそうです。

その頃の夢はコンビニで弁当を買うこと、でした。自販機の釣り銭は常にチェックし、たまに贅沢でビールを買ってはメンバー同士で分けあい、1ミリでも誰かが飲み過ぎたらケンカが始まるような状態だったそうです。

その頃の金銭感覚は今でも続いており、今では十分な収入があるはずなのに贅沢ができない体になってしまったといいます。経費にも気を配り、ライブに使用する小道具などもダンボールを自分たちで加工して使用しているのです。

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いかがでしたか?下積み時代の苦労を忘れず努力し続ける金爆、そのプロ意識には頭がさがるばかりですね。チケットキャンプ(チケキャン)では、ゴールデンボンバーのチケットを取り扱っています。彼らの苦労の結晶を是非その目で確かめにいきましょう!

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