寺田恵子は、日本の1980年代のバンドブームの中で誕生した女性5人組のガールズロックバンド・SHOW-YAのボーカリスト。1985年にデビューしたSHOW-YAは、1989年にリリースした「限界ラヴァーズ」が30万枚を超える大ヒットを記録し一躍メジャーに。寺田恵子の下着風コスチュームとハスキーヴォイスで歌われるヘヴィメタルナンバーはファンを熱狂させた。女性アーティストだけのロックフェスティバル「NAONのYAON」はSHOW-YA自らプロデュースしたもので、1987年から1991年まで毎年開催され、その後2016年まで断続的に続いている。1991年に方向性の違いから寺田恵子はSHOW-YAを一時脱退しソロ活動に入るが、2005年に再びオリジナルメンバーでSHOW-YAを再結成した。デビュー30年を過ぎて、今なお第一線を疾走し続ける寺田恵子はいつまでも熱いロッカーだ。

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寺田恵子について

寺田恵子の魅力とは

ガールズロックバンドの先駆者として知られるSHOW-YAのボーカリスト・寺田恵子。
高校1年生の時にカルメン・マキのコピーバンドとしてバンド活動を始めた彼女は、1982年にSHOW-YAの前身メデューサのボーカルとしてヤマハライトミュージックコンテストに出場し、レディス部門ベストボーカリスト賞を受賞する。
1985年バンド名をSHOW-YA に変更し、「素敵にダンシング」でデビューするが、アイドルバンド路線でセールスされることに不満を抱いたSHOW-YAはハードロック路線に回帰。そして迎えた8枚目のシングル「限界ラヴァーズ」や「私は嵐」が立て続けにヒットし、本格的女性へヴィメタルバンドとしての地位を確かなものにしていく。しかし、多忙を極めた彼女は体調不良や方向性の違い等から1991年にSHOW-YAを脱退する事を選択。1992年にバルセロナ五輪NHKテーマソング「PARADISE WIND」でソロデビューすることになった。
一方新しいボーカルを迎えて活動していたSHOW-YAだが、寺田恵子が抜けた影響は大きく、活動停止状態になり1998年に解散。2005年、寺田恵子はメンバーに謝罪するとともに再結成を呼び掛け、再びSHOW-YAがオリジナルメンバーで復活を果たした。
現在もSHOW-YAのボーカルとして活動する寺田恵子のソロライブツアーが、2016年9月から始まる。元祖エロかっこいいロックシンガー・寺田恵子のライブパフォーマンスを間近で感じてみるチャンスだ。

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