宝塚歌劇団を創り上げ​た小林一三ってどんな​人?

この人なくして宝塚歌劇団はあらず。宝塚歌劇団創設者、小林一三。第1回公演の総合プロデューサーは何を隠そう小林一三本人なのです!では、小林一三は実際にはどんな人物だったのでしょうか? 今回は、創設者小林一三と宝塚歌劇団との関わりを紹介します。

この人なくして宝塚歌劇団はあらず。宝塚歌劇団創設者、小林一三。

先日の100周年記念式典の際に、宝塚少女歌劇第一回公演「ドンブラコ」 が轟悠や明日海りお、早霧せいな、紅ゆずる等の豪華メンバーで再演されたのは私たちの記憶に新しいかと思います。 その第1回公演の総合プロデューサーは何を隠そう小林一三本人なのです!

では、小林一三は実際にはどんな人物だったのでしょうか? 今回は、創設者小林一三と宝塚歌劇団との関わりを紹介します。

「大衆第一主義」は小林一三の経営哲学!

小林一三が宝塚歌劇団を創設したことは宝塚ファンなら知っているかと思いますが、 本業は起業家です。

明治の終わりから昭和初期にかけて、箕面有馬電気軌道(現 阪急電鉄)、阪急百貨店、東京電燈(現 東京電力)等、現代日本を代表するような数々の会社を設立して、都市生活の基盤を作った人物です。そんな彼の経営哲学は無駄を排した「大衆第一主義」。当時、貧富の差が非常に激しかった日本で、良いものを大量に作れば安くなる と言う信念の下、人々により豊かな生活を提供することを考え続けました。

その考えは宝塚歌劇団にも引き継がれ、大きな劇場で良質なものを上演すれば人々は安価に豊かな文化を享受することが出来ると考え、旧宝塚大劇場が作られました。4000人収容出来る劇場なんて、完成当時は「東洋一」だと言われた程です。今でさえ、洋の東西探してもそうそう無いですよね。

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