花組伝説のダンスの名手!大浦みずきをご存知ですか?

100周年記念として各地で卒業したタカラジェンヌOGたちのイベントが華やかに開催される中で、ひときわファンの間で不在にも関わらず言の葉にのぼる名前があることをご存じでしょうか。花組のトップスターとして人気を博した大浦みずきという人物です。

宝塚は2014年に100周年を迎えました。宝塚歌劇団を卒業したOGたちは女優になる者、家庭に入る者、また裏方として舞台に関わる者と様々です。

100周年記念として各地で卒業したタカラジェンヌOGたちのイベントが華やかに開催される中で、ひときわファンの間で不在にも関わらず言の葉にのぼる名前があることをご存じでしょうか

それがかつて花組のトップスターとして人気を博した大浦みずきという人物です。

ファンからも関係者からも人気が高かった大浦みずきさん

大浦みずきさんは童謡「サッチャン」を作詞した小説家、阪田寛夫氏の娘として生まれ、1974年60期として入団。

愛称は本名から「なつめ」。その天賦のダンスの才能から宝塚のフレッド・アステアとも呼ばれ、その恵まれた容姿とそれまでなかったタンゴを得意とした伸びやかなダンスはまさにトップスターになるために宝塚に入ったと評され、次第に大きな存在となっていきました。

同期生には、元月組トップスター・剣幸さん、元雪組トップ娘役・遥くららさん、元専科の磯野千尋さんらがいます。

ダンスの名手としての大浦みずき

大浦さんの才能と努力の結晶によってはぐくまれたダンスは、また彼女を慕う花組生によって構成されるショーは、「ダンスの花組」という呼び名を生むほどになりました。

大浦さんの後花組を背負うことになるトップスター、安寿ミラさんや真矢みきさんも、そして彼女と仕事をした人間もその偉大な影響力を口にします。

花組のトップスターに上り詰めた大浦みずき

トップ・高汐 巴さんの二番手として活躍した後、1988年 『キス・ミー・ケイト』で花組トップスターに。

1989年にはトップとしてニューヨーク公演に参加。1991年 『ヴェネチアの紋章』で退団。

海外ミュージカル作品『キス・ミー・ケイト』は現在映像が残念ながらほとんど残っていません。


(出典:youtube)

大浦みずきの卒業後、そして

大浦みずきさんは退団後は舞台女優として、またダンサーとしても活躍されました。

菊田一夫演劇賞、読売演劇大賞優秀女優賞など数々の賞を受賞。

しかし病魔は彼女に忍び寄っていました。

踊るために生まれた大浦みずき

2009年11月14日大浦さんは亡くなりました。享年52歳。

ご家族の著書によりますと、病床にあってもなお踊ることへの情熱を失うことはなかったそうです。

そして5年が経過した今でも大浦さんを慕うファンの声は多く、現在自宅は彼女の面影をしのぶ追想展として一般に公開されるなどし、宝塚の殿堂入りを果たしています。

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大浦さんに憧れ、舞台に立ちトップスターとなり、また今もなお舞台に立つOGたち。

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