いまさら聞けない…春日野八千代について教えて!

一昨年、宝塚の至宝の訃報を知った時は衝撃的でした。晩年はその姿を舞台で見かけるとが殆どなくなってしまったので、往年のファンの間にしかその活躍ぶりは知られていないかと思います。宝塚の至宝「春日野八千代」さんとはどのような方だったのでしょうか。

「色気ないとて気にするな。春日野八千代は男でござる。」

出演した映画の映画での演技に色気がないと批判された時、それに落ち込むのではなく、名刺の裏にこう認め東宝に持参したというこの話は有名です。宝塚の男役として生涯を捧げる心意気を示したかのようなこの出来事は今では神話のように語り継がれています。

一昨年、そんな宝塚の至宝の訃報が私たちの耳に届いたのは衝撃的でしたね。晩年は、その姿を舞台で見かけるとが殆どなくなってしまったので、往年のファンの間にしかその活躍ぶりは知られていないかと思います。今回、ジェンヌを含めて宝塚関係者なら誰しも口を揃えて敬愛する宝塚の至宝、春日野八千代はどんな方だったのかご紹介します。

激動の時代の大スター 春日野八千代

「白薔薇のプリンス」「永遠の二枚目」という異名を持ち、生涯現役であり続けた春日野八千代。 生徒やファンの間では石井先生、よっちゃん先生、 春日野先生なんて愛称で親しまれました。

その言葉には、ただ単に上級生への礼儀というだけでなく、春日野先生その人に対する敬愛の念が込められていました。

  • 1929年、18期生として「春のをどり」初舞台。娘役として活躍した後、男役へ転向。
  • 1933年、星組新設と共に初代星組トップスターに就任
  • 1944年、戦局の悪化の為、宝塚大劇場閉鎖。その時の主演トップが春日野先生の「翼の決戦」でした。
  • 1946年、春日野先生主演「カルメン」「春のをどり」で大劇場再開。
  • 1951年、「虞美人」項羽
  • 1952年、「源氏物語」 光源氏が当たり役となりました。

ご覧のように春日野先生は、戦前~戦後の長期にかけて活躍、長期に渡り宝塚歌劇団をトップスタートして牽引してきた方でした。

娘役から男役トップスターへ!

春日野先生が初舞台を踏んだ頃、美人揃いで有名な宝塚は男役より可愛らしい娘役の 方が人気があり、客層も今と違って男女半々くらいでした。

そんな中、元々男役志望だった春日野先生は娘役から転向。そして数年後、男役トップスターになりました。こんなことを成功させてしまうなんて、さすがですね。

春日野先生が二枚目男役をの基礎を創ってか、時代の流れか、ファン層も男女半々から女性中心に変化。 誰しもが春日の先生の色男ぶり見たさに劇場へ足を運びました。 今にも続く、女性の理想とする男性像を女性だけで演じるという宝塚歌劇団の基礎が確立していきました。

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