大相撲は国技である相撲における、最も有名な興行である。日本文化とともに存在し続けた相撲は、1500年以上の歴史を持つ。相撲の源流をたどると神話の時代にまで遡るといい、戦国時代には武士の訓練の一環として相撲が行われていたという。全国で歓進相撲が行われるようになったのは江戸時代からで、その頃から歌舞伎と並ぶ娯楽として親しまれていた。現在「大相撲」の本場所は年間6回行われ、本場所のない時期には地方巡業が行われている。鍛え抜かれた力士による取組は、一瞬たりとも目が離せない迫力がある。あなたもぜひ秋場所や九州場所を訪れて、日本の伝統文化を感じてみてはいかがだろうか。

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大相撲のチケットをお取引された方の声

チケット取引完了時の評価メッセージをご紹介しております。(12/11 18:00更新)

大相撲について

大相撲の魅力とは

横綱・白鵬など個性豊かな力士がぶつかり合うこの11月場所も、千秋楽の23日に向けここからが熱い。チケットの種類も様々なので要注意。タマリ席のチケットはすでに千秋楽まで完売。4人のファミリーシートも同様に完売している。今しか観れない興奮と熱狂の大相撲。後悔することなかれ。

大相撲 初場所(1月場所)の魅力とは

大相撲は年に6回、本場所が行われる。古くは1月場所は「春場所」と呼ばれていた。1953年に大阪場所が出来て年4場所制となった時には1月場所について「初場所」か「春場所」かで協会発表に混乱があり騒動となってしまったことがあった。以降は「初場所」と世間では言われることが多い。1月場所では不思議と大関や横綱への昇進を果たした力士が多く「祝儀場所」との異名もあるほどだ。また、中日の8日目が天覧相撲になることが多い。ちなみに1989年の1月場所は昭和天皇の崩御の関係で当初の予定であった1月8日の日曜日を翌日の1月9日に変更し、15日制施行後初めて日曜日以外が初日となった。

1月場所においては2015年の13日目、横綱白鵬と大関稀勢の里の戦いは物議を醸し出す一戦となった。この前の取り組みで日馬富士が敗れ、白鵬が勝てば大相撲の日本新記録となる33回の優勝が決まる大一番となった。本割で両者同体となり、取り直しで白鵬が勝ち日本新記録を樹立。しかし、後の会見で「子どもが見ても分かる相撲。なぜ取り直しにしたのか。肌の色は関係ない」と発言、物議をかもした。チケットを手にすればそこは日本らしい日本。チケット一つで夢の対戦がいくつも楽しめる。正月で日本を満喫したあと、両国国技館で日本を満喫して一年のスタートを切るのも悪くない。

大相撲 春場所(3月場所)の魅力とは

「大阪場所」と呼ばれる「春場所」、または3月場所との名称を使用することもある。中学生力士が禁止された1973年以降、中学校卒業見込みでの入門者が多いことからも本場所6場所の中において最も初土俵を踏む新弟子が多い。そこから「就職場所」との異名もある。実際には1992年の151人が平成以降では最多、その後2000年代に入った後は100人を超えない年が続いている。またさらなる別名として「荒れる春場所」とも呼ばれており、番付上位が負ける波乱の結果が多いとも言われている場所である。3代目朝潮が「大阪太郎」と呼ばれるほどこの場所で強く1956年から3連覇を含む通算5回のうち4回の優勝を大阪で果たしている。他に北勝海が通算8回優勝のうち4回が大阪での優勝。当時の大阪府知事・太田房江氏が在任中に大阪府知事賞贈呈を自らしたいと土俵上の女人禁制を定めている協会と悶着を起こしたことでも有名。

2011年の開催は、力士の八百長メール問題で初の開催中止となった。商人の町・大阪にはもう一つ大坂相撲という歴史がある。江戸時代から大正の末まで相撲の興行組織「大坂相撲」が存在していたことからも相撲人気の根強い土地であり、毎年大いに盛り上がる大阪場所。チケットを手にして戦いだけでなく是非その雰囲気も楽しんでもらいたい。大阪に住む方はもちろん、春に大阪へ行くことがある方でもチケット購入を検討してみてはいかがだろうか。

大相撲 夏場所(5月場所)の魅力とは

大相撲夏場所の中で各種メディアにおいて最も取り上げられたのは2001年であろう。就任直後の第87代内閣総理大臣・小泉純一郎氏が総理大臣杯の授与を行った場面。前日の負傷を押して強行出場し見事22回目の幕内優勝を勝ち取った横綱・貴乃花に「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した! おめでとう!」との賛辞を送った。この小泉氏の「感動したっ!」の言葉が流行語となった。ちなみにこの負傷が原因となり、貴乃花はこの優勝を最後に2003年に現役を引退している。貴乃花にとってみれば夏場所は因縁深い。貴乃花の実力を世間に認知させた1991年初日、昭和最後の大横綱である千代の富士との一番もこの夏場所だ。貴乃花(当時は貴花田、前頭筆頭)にとって初顔合わせだったこの一番で千代の富士を寄り切って初金星を獲得、千代の富士は2日後に現役引退し力士の世代交代が確定的となった。

2011年は前の春場所の八百長メール問題による開催中止に引き続きその影響により通常の興行としてではなく技量審査の場として開催、2012年は1横綱6大関時代と話題になった。今後も世代交代などの名勝負が生まれるかもしれない夏場所チケット。両国国技館のチケットを手にして歴史的瞬間を目撃せよ。

大相撲 名古屋場所(7月場所)の魅力とは

名古屋場所と言われる7月場所。本場所となったのは1958年であり、年間6場所開催される中では一番最後である。日本相撲協会と中日新聞社の共催となっている。これは非常に珍しく本場所の主催元が相撲協会以外の団体がなっているのはこの名古屋場所だけである。そのためチケットは毎年3月中旬頃から中日新聞社系列で桝席の販売が行われている。そのチケットを購入して損はないだろう。なぜなら名古屋は荒れる、俗に言う「荒れる名古屋」で世間にも知られている。理由として考えられるのは夏場の開催であり、なおかつ気温が比較的高い名古屋ということから、体調管理が難しく調子を落とす上位力士も多いことが原因と言われている。そこから「熱帯場所」「南国場所」の異名をとるほどだ。実際に生涯でただ一度だけの優勝を名古屋場所で果たした力士も多い。

1972年に高見山大五郎が外国人力士として初めての優勝を遂げたのも名古屋場所である。また過去には見応えのある優勝決定戦も行われている。1989年千秋楽の同部屋対決、横綱北勝海と、場所前に娘を亡くし数珠を首にかけながら場所入りしていた横綱千代の富士の戦い。さらには1993年千秋楽の横綱曙、大関貴ノ花、関脇若ノ花の三つ巴の優勝決定戦である。きっと次の夏場所も名シーン満載、間違いなしだ。

大相撲 秋場所(9月場所)の魅力とは

長期に及ぶ夏巡業の後の本場所が9月場所「秋場所」である。長期巡業で実力をつけた力士が躍進することもあるため、ここで大きく化ける力士が観られる。1955年には珍しいシステムが組み入れられたことでも知られる。勤務で本場所を観戦できないビジネスマンが会社帰りに大相撲を観られるようにとの配慮から、午前10時半に取組開始、午後5時半に中入り、その後午後8時に打ち出しというナイター興行である。このナイター興行はそのターゲットであったビジネスマンには好評だったが、力士側からするとコンディション作りが非常に難しく体調を崩す力士が続出、1場所限りで取りやめとなった。また、このナイター本場所11日目、横綱千代の山と関脇若乃花の取り組みが史上最長、計17分15秒の大相撲なる珍事が起こる。本割で2度にもわたる水入りの中断、力士の疲労を考えて別の2番を先に消化してから再試合、結果引き分けとなった一番である。打ち出しは夜8時15分と珍しい場所に珍事が重なった。

大相撲のチケットをするなら秋だろう。なぜなら俳句では相撲は秋の季語である。日本を感じるチケットはこの秋場所である。第2土曜日の翌日の日曜日から両国国技館で日本の文化を堪能しよう。

大相撲 九州場所(11月場所)の魅力とは

1955年から2年間は準場所として施行、その後1957年から本場所に昇格したとの歴史を持つのが11月場所「九州場所」である。その昇格した年から何故か4年連続で大関以下が優勝した。そのため「横綱が優勝できない場所」と言われたが1961年に大鵬が優勝してジンクスを破った。昭和の大横綱・千代の富士の1981年から1988年までの8連覇は、同一場所における連続優勝の最多記録ともなっている。年間3回地方で開催される本場所の中でも、最も地元出身力士への声援が大きいと言われている。とりわけ福岡県直方市出身の魁皇博之が現役力士だった頃には大きな声援が飛びかい、相撲としては珍しい「魁皇コール」が場内から起こることもあった。これは普段観られない状況であり相手力士には相当なプレッシャーとなるため、九州場所では常に好調ではあった魁皇だが九州場所で幕内最高優勝は果たすことなく引退している。その後は福岡県柳川市出身の琴奨菊和弘が九州人気を引き継いでいる。

2008年からは観客の座布団投げを危険行為とみなして厳しく取り締まり、確認された場合は警察へ110番通報するという非常に厳しい措置をとっている。「不入の場所」ともよく言われる。九州には相撲茶屋が無くチケット手配が「大相撲売店」と呼ばれる商店とプレイガイド委託によるチケット販売が主であるためだ。逆に言えばレアチケットである。手にして九州の活気を肌で感じてはいかがだろうか。

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