サガン鳥栖の転換期になるか?新監督 森下仁志監督の方針とは

2014年は一時は首位に浮上したものの、最終的にはACL出場を逃したサガン鳥栖。しかし、2012年のJ1昇格からわずか3年で5位が2回という成績は素晴らしいものです。今回は再出発の成績が期待される新監督・森下仁志監督の方針を特集します!

2014年は一時は首位に浮上したものの、最終的にはJ1リーグ戦5位に終わりACL出場を逃したサガン鳥栖。しかし、2012年のJ1昇格からわずか3年で5位が2回という成績は素晴らしいものです。

サガン鳥栖は海外志向の強い選手も多く、主力の流出が心配されましたが、豊田陽平や林彰洋、兵役が近い金民友(キム・ミヌ)といった各国代表クラスが2015年も残留しました。

2014年8月、首位を走っている途中で尹晶煥監督から吉田恵監督に交代したサガン鳥栖。2015年は元磐田監督・前京都コーチの経験がある森下仁志監督を迎えました。前監督の吉田恵と現役引退したOBの木谷公亮がコーチに加わり、再出発の成績が期待されます。

サガン鳥栖新監督の森下仁志監督、これまで

森下仁志監督は1972年、和歌山県生まれです。Jリーグ監督の中でも若いほうに入ります。現役時代はガンバ大阪、コンサドーレ札幌、ジュビロ磐田で活躍していました。

ガンバ時代の愛称は「モリゲ」。札幌時代は当時の岡田武史監督に「板前みたい」と言われたことから、サポーターから「板長」という愛称をつけられたことも。確かに、北海道の美味しい寿司店にいそうな風貌ですよね。その後、野々村芳和の跡をついで主将になり、リーダーという意味でも「板長」でした。そして現在「監督」となったわけです。

選手としては2005年のジュビロ磐田で引退し、翌2006年から磐田に残ってコーチ職を開始しました。2011年までコーチを務めた後、2012年から磐田の監督に。成績不振により2013年に解任されましたが、その後は京都のコーチに就任していました。

ちなみに、Jリーグに「もりしたひとし」監督はもう一人います。ツェーゲン金沢の森下仁之監督(1967年、静岡県生まれ)です。

サガン鳥栖は森下仁志監督とともに「タイトル獲得」を明言

2015年、サガン鳥栖は「タイトル獲得」を目標に掲げ、エンブレムも変わりました。監督も交代し、転換期となるのでしょうか。

ただ、チーム作りの方向性は変わらず、2015年もサガン鳥栖の持ち味である「堅守速攻」「ハードワーク」「若手の強化」を継続することが公表されました。主力の多くが残留したのも心強いでしょう。

サガン鳥栖といえば、毎年冬季トレーニングの恒例となり、豊田や林らに恐れられている「朝日山トレーニング」が、森下監督になっても継続されるのか、気になるところですね。ちなみに朝日山は鳥栖市の観光名所として市外のサッカーファンにも有名な場所となっています。

例年、始動とともに行われてきた朝日山トレーニング。今シーズンはアジアカップが終了し、選手が全員揃ってから行うかもしれませんね。

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