ブーイングを歓声に変えた男!新日本プロレスの内藤哲也選手の魅力とは

新日本プロレスの制御不能のカリスマ内藤哲也選手、自身が熱心な新日本プロレスファンであり現在の新日本プロレスを好き放題に引っ張っています。 今回は制御不能のカリスマ内藤哲也選手のプロフィールや魅力、ユニット「ロス・インゴべルナブレス・デ・ハポン」の情報などを紹介します。 目を開く決めポーズ「アブレ・ロス・オホス」の秘密などエピソードも合わせて紹介します、ブーイングを歓声に変えた内藤哲也選手に注目です!

新日本プロレスの制御不能の男、内藤哲也選手を紹介します!

2017年7月に初めての米国本格進出を果たし2日間満員の大盛況、一時期の低迷を完全に脱して盛り上がりを見せている新日本プロレス。

今回は新日本プロレスに所属するスターの内藤哲也選手を紹介します、熱心な親日ファンであり制御不能の男と言われるまでに傍若無人なレスラーになった内藤哲也選手の魅力とは?様々なエピソードを交えて紹介します。

新日本プロレス内藤哲也選手のプロフィールを紹介

内藤哲也選手のプロフィールを紹介します。

  • リングネーム 内藤哲也
  • 本名 内藤哲也
  • 生年月日  1982年6月22日
  • 出身地 東京都足立区
  • 身長 180cm
  • 体重 102kg
  • 得意技 デスティーノ、グロリア、エボルシオン
  • 入場曲 STARDUST
  • ユニット ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(Los Ingobernables de Japón)
  • ニックネーム 制御不能なカリスマ、スターダスト☆ジーニアス、赤い彗星

内藤哲也選手のデビュー前

少年時代は少年野球やサッカーなどをしていた内藤哲也選手、父親の影響で幼少期からプロレスを見るようになり自然とプロレスファンになりました。

特に新日本プロレスのファンで1997年6月5日の日本武道館大会で初めて自分のお金でチケットを買い試合を観戦、その試合を見て「お客さんの前でできてお金もらえるなんて、こんないいものはない」と思いプロレスラーを目指します。

高校3年時の2000年9月にアニマル浜口トレーニングジムに通い始めプロレスラーを目指した内藤哲也ですが、トレーニングで自信がつきいざ入門テストを受けようとした際に右膝前十字靭帯断裂の重症を負いテストを断念、その後も怪我などで結局入門テストを受けたのは2005年でした。

テストを見事に合格した内藤哲也選手、憧れの新日本プロレスの寮に入寮します。

プロデビューから初勝利まで

入門から半年後の2006年5月27日、草加市スポーツ健康都市記念体育館大会で宇和野貴史選手を相手にデビューを飾ります。

試合では逆エビ固めで破れた内藤哲也選手ですが、試合後のバックステージでは「試合前はすごい緊張したけど、リングに上がったら緊張はなくなって、すごく居心地のいい場所でした」というコメントを残しています。

アマチュア時代の実績の無い内藤哲也選手ですが動きの良さやプロレスセンスを評価され、9月のシリーズにて「試練の5番勝負」を行います。

その相手は当時すでに実力者であった、獣神サンダー・ライガー選手、邪道選手、稔選手、外道選手、金本浩二選手という錚々たるメンバー、5戦全敗となりますがこの経験を活かして10月29日の神戸ワールド記念ホール大会で平澤光秀選手から見事初勝利を奪います。

躍進と挫折

2007年6月1日邪道選手が怪我をしたため急遽BEST OF THE SUPER Jr.にエントリー、外道選手とエル・サムライ選手から勝利を収め2勝をあげる。

さらに、IWGPジュニアヘビー級王座の次期挑戦者を決めるニュージャパンランボーに出場、最後の2人まで残りますが惜しくも金本浩二選手に敗れる。

この頃から注目を浴び躍進を始める内藤哲也選手、10月20日の山口大会では6人タッグマッチですがかつて大ファンだった棚橋弘至選手との対戦が実現します。

2008年に高橋裕二郎選手とタッグチームNO LIMITを結成、10月13日DESTRUCTION’08で稔 & プリンス・デヴィット組の持つIWGPジュニアタッグ王座に挑戦し見事に勝利、第22代IWGPジュニアタッグ王座を戴冠します。

その後高橋裕二郎選手とともに中南米を中心に海外遠征を行いヘビー級へ転向、。2010年1月4日の東京ドーム大会で第55代IWGPタッグ王座を戴冠。

しかしその後タッグとしては低迷をはじめ2011年NO LIMITは空中分解をし解散、加入していたヒールユニット「CHAOS」 を追放されます。

2012年IWGPヘビー級王座オカダ・カズチカ選手に挑戦しますがレインメーカーの前に沈み、さらに8月のG1 CLIMAXで右膝前十字靱帯断裂の負傷を負います。

怪我を押して強行出場を続けますが10月8日高橋裕二郎戦でレフリーストップ、靭帯再断裂で長期欠場を余儀なくされます。

棚橋選手に勝利、メキシコ遠征

2013年6月に復帰した内藤哲也選手、8月G1 CLIMAXに出場しBブロックを1位で通過、決勝戦で棚橋弘至と当たります。

当時のフィニッシュホールド「スターダストプレス」で棚橋弘至選手に勝利しG1 CLIMAXを初制覇、9月には田中将斗を下してNEVER無差別級王座第2代王者を戴冠、シングルでは自身初のベルトでした。

2014年オカダ・カズチカ選手の持つIWGPヘビー級王座に挑戦しますが敗れてしまい内藤哲也選手の低迷が始まります。

2月11日THE NEW BEGINNING in OSAKAでは観衆から大ブーイングを浴びせられ石井智宏選手に敗戦、4月6日NEVER無差別級王座戦で石井智宏選手に再び敗戦を喫します。

そして2015年内藤哲也選手はメキシコへ遠征します。

ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン結成

メキシコ遠征時に「ロス・インゴベルナブレス(制御不能な奴らという意味)」に加入した内藤選手、そして11月12日EVIL選手、BUSHI選手らとともに「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」を結成。

この頃からやりたい放題の傍若無人、のらりくらりとした試合スタイルとなっていきます。

2016年オカダ・カズチカ選手の持つIWGPヘビー級王座に挑戦、、4月10日の INVASION ATTACK 2016で勝利を収め初戴冠となりました。

試合後のインタビューでベルトを放り投げるという暴挙に出た内藤選手、「ベルトの方からオレに寄って来た」という言葉を残す。

その後「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」のメンバーとともに旋風を巻き起こす内藤哲也選手、今や新日本には欠かせないトップレスラーとなりました。

その試合スタイルや傍若無人さからブーイングを浴びることも多いですが、むしろそれを楽しむことすらある風格を兼ね備えています。

新日本プロレス内藤哲也選手の決めポーズ

寝転がる

内藤選手の挑発といえば、リングに寝転がるリラックスポーズ、相手にとってはイライラすること間違い無しですね。

のらりくらりとしたスタイルが魅力の内藤哲也選手、しかしこのポーズはオカダ・カズチカ選手など相手選手にもよくやり返されています。

アブレ・ロス・オホス

内藤選手の決めポーズ「アブレ・ロス・オホス」、スペイン語で「目を開け」の意味があります。

これは2009年にメキシコ遠征へ行った際、アジア人は目が細いという固定観念を持つ地元のファンから「オマエら、目開いてんのか!?」と野次られたのに対抗してはじめました。

それが決めポーズとなり現在ではインゴベルナブレスポーズ(右手で胸を2回叩いて拳を天に突き上げる)に進化しています。

内藤哲也選手のこれからも楽しみ!

新日本プロレスの制御不能なカリスマ、内藤哲也選手を紹介しました。

自らがプロレスファンで新日オタク、その新日で好き放題暴れファンの心を掴みました。

これからの新日本プロレスを引っ張っていく内藤哲也選手、そして「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」に注目です!

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