《2017年最新版》サッカー日本代表歴代ユニフォームを一挙にご紹介!

今回は、日本代表のW杯での戦いを彩ってきた歴代ユニフォームについて、そのモデルの名前や当時の成績などを一覧にしてご紹介いたします!これまでのスケジュール通りであれば、2017年12月にはワールドカップロシア大会の組合せ抽選が行われ、日本代表を含め各国が新モデルのユニフォームを発表します。ロシアのピッチで我らが日本代表の着るユニフォームはどんなデザインになるのでしょうか?

《ワールドカップアジア最終予選も佳境!》サッカー日本代表歴代ユニフォームを一挙にご紹介!

(画像:Pixabay)

2017年8月31日。サッカー日本代表は史上初めて「日本」で行われる試合でワールドカップ出場権を獲得するかも知れません!

これまでの日本代表の歴史においても、アジア予選を勝ち抜くことの難しさは選手が一番強く感じていると思いますが、ファンとしては「是非地元で決めてくれ!」と思ってしまいますよね。

また、日本代表の激戦の歴史は同時にそのユニフォームの歴史とも言えます。

快挙を成し遂げた時に着用されていたユニフォームには愛着も湧きますよね。

今回は、そんな日本代表のワールドカップでの戦いを彩ってきた歴代ユニフォームについて、そのモデルの名前や当時の成績を一覧にしてご紹介いたします!

サッカー日本代表ユニフォーム 「ドーハモデル」(1992年~1996年)

主な成績:1992年アジアカップ広島大会優勝  1993年ワールドカップアメリカ大会アジア最終予選敗退

ワールドカップアメリカ大会アジア最終「ドーハの悲劇」でも着用されたユニフォームである為、非常に有名であるとともに時代を超えて人気の高いユニフォームです。ラモス瑠偉選手、三浦知良選手、柱谷哲二選手を中心とした当時の日本代表チームは日本のサッカーファンに、初めてワールドカップが「掴める夢」である事を強く感じさせてくれました。

デザインのモチーフは日本サッカー協会のシンボルでもあるヤタガラスの羽。

このユニフォームは93年に日本で開催されたU-17世界選手権、95年~96年のアトランタ五輪最終予選などでも着用され、次代の日本サッカーを背負う事となる中田英寿選手、小野伸二選手、稲本潤一選手等も着用しました。

サッカー日本代表ユニフォーム 「炎モデル1」(1996年~1997年)

主な成績:1997年ワールドカップフランス大会アジア地区最終予選プレーオフ突破

日本がそのサッカー史上初めてワールドカップへの出場権を獲得した時に着用していたユニフォームです。

袖に「不動明王」をイメージした炎のモチーフが施された印象的なユニフォームは「ドーハモデル」と並んでサッカーファンの間で高い人気を誇り、長年の悲願であったワールドカップ出場を決めたメモリアルユニフォームとなっています。

また、このユニフォームは96年アトランタ五輪日本代表も着用し、この大会で日本は優勝候補ブラジルを破る快挙を成し遂げました。(マイアミの奇跡)

サッカー日本代表ユニフォーム 「炎モデル2」(1998年~1999年)

主な成績:1998年ワールドカップフランス大会グループリーグ敗退

98年ワールドカップフランス大会に出場した日本代表が着用していたユニフォーム。

最終予選で着用された「炎モデル」のデザインを踏襲しつつ、襟の部分にも若干の変更がされています。

現在では日本代表ユニフォームのサプライヤーはadidasですっかり定着していますが、このユニフォームが着用されていた時期までは、adidas、PUMA、asicsの3社がローテーションで各年代代表のサプライヤーとなっており、ワールドカップフランス大会においては、asicsがサプライヤーとなったユニフォームが着用されました。

サッカー日本代表ユニフォーム 「風モデル」(1999年~2000年)

主な成績:2000年アジアカップレバノン大会優勝

1999年、アディダス・ジャパンと日本サッカー協会とのサプライヤー独占複数年契約が結ばれた後に発表されたユニフォームです。

2002年日韓ワールドカップを見据え、トルシエ日本代表監督による年代を越えた一貫強化が図られた時期に着用され、U-20代表は99年にはワールドユース準優勝、U-23代表は2000年のシドニー五輪ではベスト16、A代表はアジアカップでも名波浩選手を中心とした代表チームは圧倒的な強さで優勝しました。

日本サッカーが世界やアジアの舞台で顕著に活躍を見せ始めた時期のモデルでもあり、当時の日本サッカー界の勢いを感じさせるユニフォームです。

サッカー日本代表ユニフォーム 「コントラストモデル」(2001年)

主な成績:2001コンフェデレーションズカップ準優勝

2002日韓ワールドカップ前年に着用されたユニフォームです。

デザインテーマは「Future Progress」肩から袖にかけた白いラインが印象的なモデルは「選手のプレーが大胆に見える」事を狙って工夫されたとされています。

プレワールドカップ大会であるコンフェデレーションズカップでは、ブラジルと引き分けグループリーグを突破。決勝戦でフランスに惜敗するも見事準優勝を果たし、翌年のワールドカップ日韓大会に向けた強化が順調に進んでいる事を示しました。

サッカー日本代表ユニフォーム 「富士山モデル」(2002年~2003年)

主な戦績:2002年ワールドカップ日韓大会ベスト16進出

自国開催となった日韓ワールドカップで着用されたモデルは、シンプルなデザインながら首から袖口にかけての赤いパイピングが湖面に映る逆さ富士をイメージした印象深いものとなっています。

また、その機能性についても裏地にメッシュを使った二重構造でありながら徹底的な軽量化が図られ高温多湿の環境下でも快適なプレーが出来る様、最先端の技術が投入されました。

このモデルは日本代表史上「最も販売数量の多かった」モデルとも言われており、そうした事からも当時、日本中がワールドカップに熱狂していた様子が伺い知れます。

サッカー日本代表ユニフォーム 「グラデーションモデル」(2004年~2005年)

主な成績:2004アジアカップ中国大会優勝 2005年ワールドカップドイツ大会アジア最終予選突破

ジーコJAPANがワールドカップドイツ大会を目指していた時期に着用されていたユニフォーム。

それまでの日本代表ユニフォームよりやや明るめの青とより深い青とがストライプ状にグラデーションで施されているデザインです。

この濃淡の青は「経験」と「挑戦」を象徴しているとされ、まさに当時の日本代表チームの立ち位置を表していると言えます。

このグラデーションデザインのユニフォームをまとった日本代表は04年、完全敵地となったアジアカップ中国大会で優勝しアジアカップの連覇を達成。ワールドカップ出場権も世界で最も速く獲得しました。

サッカー日本代表ユニフォーム 「刀紋モデル」(2006年~2007年)

主な成績:2006年ワールドカップドイツ大会グループリーグ敗退

ジーコ監督のもと史上最強の呼び声も高かった日本代表チームには「SAMURAI BLUE」という愛称がつき、そのユニフォームの脇腹には「日本刀」の刃紋をモチーフとしたデザインが施されました。

しかしながら、2006年ワールドカップドイツ大会では初戦のオーストラリア戦でまさかの逆転負けを喫し、そのまま一勝も挙げる事が出来ないままグループリーグで敗退。サッカーファンにとってもこの事実は非常にショッキングであり、日本サッカー界の英雄でもあった中田英寿選手の電撃引退があった事などからも、このモデルにほろ苦い思い出を持っている方も多いようです。

サッカー日本代表ユニフォーム 「ご来光モデル」(2008年~2009年)

主な成績:2009年ワールドカップ南アフリカ大会アジア最終予選突破

ワールドカップドイツ大会後、日本代表を指揮したオシム監督の突然の病気によるリタイアで急遽再登板となった岡田武史監督体制のスタートと同時期に発表されたユニフォーム。

従来よりかなり明るめのブルーにはゴールドのラインが放射線状に伸び「日本の飛躍」を表現しています。

苦戦は強いられたものの、岡田監督体制で日本代表は2010ワールドカップ南アフリカ大会への出場を決めました。

サッカー日本代表ユニフォーム 「革命の羽モデル」(2010年~2011年)

主な成績:2010年ワールドカップ南アフリカ大会ベスト16 2011アジアカップカタール大会優勝

「世界を驚かす」「革命を起こせ!」というキャッチフレーズのもと、濃いブルーをベースにヤタガラスの羽を織柄で散りばめ、胸元に印象的な赤をあしらったユニフォームは、「史上最弱」と揶揄された当時の日本代表チームのワールドカップ南アフリカ大会での大躍進の象徴ともなり、それを継いだザッケローニ監督体制でもアジアカップ優勝を果たしたモデルとして、サッカーファンにとって非常に印象深いユニフォームのひとつとなっています。

また、このモデルはadidasの新しいテクノロジー「フォーモーション」「テックフィット」という異なる機能性を持った2つのタイプから選手自身が着用するユニフォームを選択出来ました。

サッカー日本代表ユニフォーム 「結束の一本線モデル」(2012年~2013年)

主な成績:2013年ワールドカップブラジル大会アジア最終予選突破

これまでの日本代表のユニフォームのイメージを大きく覆す濃紺をベースとしたユニフォームには、「日本人全ての結束」を表現する赤い縦ラインが入った斬新なデザインでした。

また、世界的に「全身同色」傾向にあるユニフォーム事情の影響を受け、従来の「青×白×青」というコーディネートが無くなったのもこのモデルからです。

チームは本田圭祐選手、香川真司選手という二枚看板を擁し人気もあり「史上最強」との呼び声も高く、2012ワールドカップブラジル大会への切符も獲得しました。

サッカー日本代表ユニフォーム 「円陣モデル」(2014年~2015年)

主な成績:2014年ワールドカップブラジル大会グループリーグ敗退 2015年アジアカップオーストラリア大会ベスト8

「円陣」をコンセプトにしたユニフォームは、背面に毛筆で赤い一本線が描かれ、選手が円陣を組むとそれがひとつの輪になるようにデザインされていました。

「史上最強」とも呼ばれ、ワールドカップブラジル大会での躍進も期待された日本代表でしたが、グループリーグ最下位という結果に終わり、その後継となったアギーレ監督体制もアジアカップでベスト8止まりとなりました。

サッカー日本代表ユニフォーム 「調和モデル」(2016年~2017年)

日本代表ユニフォーム史上、最も濃い青(濃紺)に11人の個性を表す11本の異なる青のラインがボーダーで配された「調和モデル」が、現在の日本代表チームのユニフォームです。

アジア最終予選の初戦となった対UAE戦でまさかの敗北を喫し黒星スタートとなった日本代表チームですが、その後も苦しみながら残り2試合で一勝を挙げればワールドカップ出場権を獲得出来るところまでやってきました。

2017年6月のテストマッチではメモリアル「限定青い炎モデル」も

来年のワールドカップ出場をかけた戦いも佳境に差し掛かる中、2017年6月7日に行われたテストマッチ対シリア戦では、初めてワールドカップ出場を決めた時の「炎モデル」からインスパイアされたメモリアルユニフォーム「限定青い炎モデル」が着用されました。

選手もサポーターもこのユニフォームを身につける事で、改めてワールドカップ出場への思いを強くしたのではないでしょうか。

サッカー日本代表 来年ロシアではどんなユニフォームを見せてくれるのでしょう

いよいよワールドカップアジア最終予選も残り2試合。

この夏のアジア最終予選を無事突破すれば、来年ロシアで開催されるワールドカップへの準備が着々と進んでいくはずです。

そこには、選手間による代表メンバー入りをかけた熾烈な戦いもあるでしょう。

また、これまでのスケジュールと同様であれば、2017年12月にはワールドカップロシア大会の組合せ抽選が行われ、日本代表を含め各国が新モデルのユニフォームを発表します。

ロシアのピッチで我らが日本代表の着るユニフォームはどんなデザインになるのか。

こうした楽しみもワールドカップならではかも知れませんね。

おすすめの関連記事

コメントお待ちしております

内容に問題がなければ「コメントする」ボタンを押してください。