【2017年最新版】サッカー日本代表歴代のキャプテンを一挙にご紹介!歴代最高は誰?

過去のサッカー日本代表の激闘の陰には優れたキャプテン達が存在しました!ここに日本代表歴代キャプテンを一覧でご紹介します!歴代最高のキャプテンは・・・?W杯ロシア大会出場権を懸けたアジア地区最終予選も佳境!出場権獲得の可能性を残している豪州・サウジとの対戦は日本代表にとってまさに「絶対に負けられない戦い」です。

ワールドカップアジア最終予選も佳境!サッカー日本代表歴代のキャプテンを一挙にご紹介!

(画像:Pixabay)

ワールドカップロシア大会出場権を懸けたアジア地区最終予選も2017年8月31日の対オーストラリア戦、9月5日の対サウジアラビア戦を残すのみ。現在グループ首位をキープしている日本代表チームですが、出場権獲得の可能性を残しているこの2チームとの対戦は日本代表にとってまさに「絶対に負けられない戦い」となりそうです。

これまでのワールドカップ出場を懸けた戦いが常にそうであった様に、激しい戦いとなる事は必至。

そうした極限状態のゲームではチームを牽引するキャプテンシーのある選手の存在が絶対に必要になってきます。

戦いの場には常に優れたキャプテンがいた

過去の日本代表の戦いの中でも強い気持ちを持ったキャプテンが常にチームをリードしてきました。

日本にJリーグが創設されてから四半世紀。この間に日本代表はワールドカップに初めて出場し、2002年には日韓共催ワールドカップも開催されました。・

この日本サッカーにおける激動の時代に、どういう選手がキャプテンとして日本代表を率いてきたのか。

今回は歴代のサッカー日本代表キャプテンをその成績も含め一覧でご紹介いたします。

歴代のサッカー日本代表キャプテン 柱谷哲二(1992年~1995年)

主要大会:1994W杯アメリカ大会アジア地区最終予選

国際Aマッチ出場72 得点5

悲願のワールドカップ出場を果たすために招聘された初の外国人監督ハンス・オフトにキャプテンとして指名されたのが柱谷哲二選手でした。柱谷哲二選手はこの頃には既に日本代表の守備的ミッドフィールダーとして十分な活躍をしていたものの、当時の日本代表において絶対的な存在であったラモス瑠偉選手をはじめ、年上の選手も数多くいる中でのキャプテン就任となりました。

オフト監督によるトレーニング方法、チーム作りに対し批判的な態度をとっていたラモス瑠偉選手に対し、「俺たちはオフトについて行く。それが出来ないなら代表を辞退してくれ」と説得したエピソードも良く知られており、これをきっかけにひとつにまとまったチームは極東地域の王者を決めるダイナスティカップ、アジアカップで初優勝を遂げるなどの快進撃を始めました。

「闘将」の涙

1993年10月に行われたワールドカップアジア地区最終予選では初戦を引き分け、第2戦を落とし、後の無い状態から韓国、北朝鮮に対して連勝、最終戦となったイラク戦に勝てば出場権獲得という所まで盛り返したものの、後半ロスタイムに同点ゴールを決められ、半ば手にしかけていたワールドカップ出場が夢へと砕けてしまいました。

「ドーハの悲劇」と呼ばれたこの悲運のチームにおいて、常に味方を叱咤する姿から「闘将」とも呼ばれた柱谷哲二選手が、試合後は涙に暮れオフト監督に肩を抱えられ歩く姿を見せた事もサッカーファンにとって印象的なシーンとなりました。

歴代のサッカー日本代表キャプテン 井原正巳(1996年~1999年)

主要大会:1998W杯フランス大会

国際Aマッチ出場122 得点5

筑波大学時代から日本代表に選出されていた井原正巳選手は「ドーハの悲劇」と呼ばれた対イラク戦にも出場しています。

その後、ファルカン監督時代にキャプテンに指名され、加茂周監督、岡田武史監督とワールドカップ初出場を目指す日本代表の戦いの中で次々と変わった指揮官のもと、キャプテンとしてチームをまとめ上げました。

「アジアの壁」と言われた鉄壁のディフェンス能力を誇り、前任の柱谷哲二選手とは正反対に冷静沈着なイメージのキャプテンでした。

ワールドカップアジア予選プレーオフ対イラン戦を制し(ジョホールバルの歓喜)日本サッカーを初のワールドカップ出場へ導くとともに1998年フランスで開催された本大会でもそのリーダーシップを発揮しましたが、残念ながら日本代表チームは結果を出すことは出来ませんでした。

歴代のサッカー日本代表キャプテン 森岡隆三(2000年~2002年)

主要大会:2002W杯日韓大会

国際Aマッチ出場38 得点0

地元開催となる2002ワールドカップ日韓大会に向け始動したトルシエ監督体制で監督から絶大な信頼を得ていた森岡隆三選手がキャプテンに指名されました。

トルシエ監督が日本代表に導入した3-5-2システムのディフェンスライン「フラット3」の中心選手でもあり、その戦術理解度も非常に高かったとされています。

2002年ワールドカップ初戦対ベルギー戦で負傷し、その後は出場が出来なかったものの、中田英寿選手、小野伸二選手、稲本潤一選手といったスター選手揃いの日本代表チームの中でもその存在感は薄れることなく、トルシエ監督の良き理解者であるととも、個性的な選手たちのリーダーとして十分な活躍を見せました。

歴代のサッカー日本代表キャプテン 宮本恒靖(2002年~2006年)

主要大会:2002W杯日韓大会・2006W杯ドイツ大会

国際Aマッチ出場71 得点3

U-17日本代表時代から常に年代別日本代表でキャプテンを任されてきた宮本恒靖選手。日本代表で初めてキャプテンを務めたのは2002ワールドカップ初戦。キャプテン森岡隆三選手の負傷により途中出場を果たした時でした。宮本恒靖選手自身も事前の練習試合で鼻骨骨折をしていた為、黒いフェイスガードを付けて登場。海外メディアからは「バッドマン」と渾名されました。

この大会で初の決勝トーナメント進出を果たした日本代表は日本中を熱狂させ、それと同時にキャプテン宮本恒靖選手も注目を浴びる事になります。

その後、ジーコ監督就任に伴い中田英寿選手がキャプテンを務めていた時期がありましたが、中田選手が怪我で離脱する事が多く、再び宮本恒靖選手がキャプテンを任される事になります。

語学堪能にして頭脳明晰

2004年のアジアカップ準々決勝対ヨルダン戦のPK合戦では、日本選手が続けて足を滑らせ失敗。キャプテン宮本恒靖選手はその堪能な語学力と明晰な頭脳で審判にPKを行うサイドの変更を申し入れました。「FIFAはフェアプレーの精神を謳っている。このピッチ状態はフェアではない変更すべきだ。」という宮本キャプテンの意見が通り、異例のPKサイドの変更を審判に認めさせたエピソードはその大会で結果的に優勝を果たした日本代表のサイドストーリーとしてあまりに有名です。

自身2度目の出場となった2006ワールドカップドイツ大会でもジーコ監督の元でキャプテンを務め、ワールドカップ2大会連続でキャプテンを務めた初めての日本人選手となりました。

歴代のサッカー日本代表キャプテン 川口能活(2006年~2008年)

主要大会:AFCアジアカップ2007

国際Aマッチ出場116 得点0

オシム監督就任後、キャプテンに任命されたのはワールドカップ3度の出場を誇る守護神川口能活選手でした。

1996年の日本代表初招集以来10年を経てのキャプテン就任でしたが、2008年3月に行われたワールドカップアジア3次予選対バーレーン戦で相手のセンタリングを捌けず失点し試合にも敗れます。これをきっかけに川口能活選手は正ゴールキーパーの座を剥奪され、キャプテンとして試合に出場する事も出来なくなりまた。

歴代のサッカー日本代表キャプテン 中澤佑二(2008年~2010年)

主要大会:2010W杯南アフリカ大会アジア地区最終予選

国際Aマッチ出場110 得点17

2006ワールドカップドイツ大会で3試合にフル出場を果たした中澤佑二選手は、大会後日本代表からの引退を表明しました。

しかし、翌年2007年2月には当時の日本代表オシム監督から代表に招集され、日本代表チームへの復帰を果たします。

前任川口能活選手が、日本代表の正ゴールキーパーから外された事で、岡田武史監督のもと中澤佑二選手がキャプテンを務める事になります。

2010ワールドカップ南アフリカ大会アジア地区予選では苦しみながらも日本代表を4度目のワールドカップ本大会出場へと導きました。

しかしながら、当時の日本代表に対しては、その戦術や選手起用などについてマスコミやファンの批判も多く、「ワールドカップでの活躍が史上最も期待できない日本代表」というレッテルを貼られていました。

歴代のサッカー日本代表キャプテン 長谷部誠(2010年~現在)

主要大会:2010W杯南アフリカ大会・2014W杯ブラジル大会

国際Aマッチ出場104 得点2  ※2017年7月現在

長谷部誠選手は2010年ワールドカップ南アフリカ大会直前のテストマッチ対イングランド戦でキャプテンに任命され、本大会においても日本代表のベスト16入りに大きく貢献。批判にされされていた日本代表チームに称賛の声が一挙に集まりました。

この大会に出場した日本代表メンバーの中でも比較的若い選手だった長谷部選手がキャプテンに選ばれた事は驚きをもたらせ、一部の選手からは岡田武史監督に対し反対の声もあったとされています。

「本当のキャプテンは能活さん(川口)と佑二さん(中澤)。僕はただマークを巻いているだけ」というコメントにも長谷部誠選手の微妙な心境が表れています。

不動のキャプテンへ

その後のザッケーローニ体制でも長谷部誠選手は日本代表キャプテンを務め、2度目のワールドカップとなった2014年のブラジル大会では、大会前に右膝の負傷が再発し直前のテストマッチを全て欠場したものの、本大会では3試合全てに出場。チームは残念ながらグループリーグ敗退しましたが、長谷部誠選手は2度のワールドカップでキャプテンを務めた2人目の日本人選手となりました。

アギーレ監督時代に本田圭佑選手がキャプテンマークを巻いていた時期がありましたが、現日本代表監督ハリルホジッチ体制では不動のキャプテンとして絶大な信頼を得ています。

サッカー日本代表のロシアに向けた戦いも佳境!長谷部誠キャプテンの復帰戦となるか?

2017年8月31日(木)に埼玉スタジアム2002で行われる対オーストラリア戦に勝利する事が出来れば、その時点で日本代表は来年ロシアで開催されるワールドカップへの出場権を獲得する事が出来ます。

長谷部誠選手は、2017年3月にブンデスリーガ、対バイエルンミュンヘン戦でゴールポストに激突して負傷。以後シーズン中の復帰は叶いませんでしたが、8月5日に行われた所属するフランクフルトでのプレシーズンマッチにフル出場。8月31日の対オーストラリア戦で日本代表へ復帰する可能性が高まっています。

これまでの日本代表の激闘の陰にはいつも優れたキャプテンの存在がありました。

今や日本代表キャプテンの代名詞ともなりつつある長谷部誠選手の復活は、戦う選手達にとっても、応援するファン・サポーターにとっても、これ以上ない心強いニュースなのではないでしょうか。

頑張れ!日本代表。頑張れ!長谷部キャプテン。

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