リンク栃木ブレックス 田臥勇太選手を徹底紹介!日本のバスケを背負い挑戦するその姿勢に迫る!

B.LEAGUEリンク栃木ブレックスに所属している田臥勇太選手。プロフィールや中学・高校・大学・NBA挑戦・B.LEAGUE初年度の活躍やこだわりエピソードをご紹介します。日本人初のNBA選手であり36歳になる現在でもリンク栃木ブレックスを引っ張り、日本のトップに立ち続ける田臥勇太選手に注目!

リンク栃木ブレックス田臥勇太選手が狙うB.LEAGUEの頂点


2016年、ついにバスケットボールファン待望のB.LEAGUEは開幕しました。B1とB2のリーグに分かれ、両リーグとも、18チームが東地区・中地区・西地区の3地区に6チームずつ分かれ、各地で熱戦を繰り広げています!
今回注目したいのは、B1東地区のリンク栃木ブレックス田臥勇太選手です!!
今回はそんな日本人初のNBAプレーヤーである田臥勇太選手のプレーヤーとしての経歴や、エピソード、姿勢、名言をご紹介します!

日本人で初めてNBAのコートに立った田臥勇太選手


2004年NBAフェニックス・サンズと契約を交わし日本人初のNBA選手になりました!
まず最初に、田臥勇太選手のプロフィールを紹介します。

  • 身長:173cm
  • 体重:76kg
  • 誕生日:1980年10月5日
  • 出身地:神奈川県
  • 結婚:未婚
  • ポジション:PG(ポイントガード)
  • バッシュ:NIKEハイパーダンク2014(基本はNIKEのバッシュを履いている)
  • 背番号:0
  • 出身校:大道中→能代工業高校→ブリガムヤング大学ハワイ校

経歴

2002年 トヨタアルバルク
2003年 デンバー・ナゲッツ(NBA)
ロングビーチ・ジャム(アメリカ)
2005年 フェニックス・サンズ(NBA)
ロサンジェルス・クリッパーズ(NBA)
アルバカーキ・サンダーバーズ
2006年 ベーカーズフィールド・ジャム
2007年 アナハイム・アーセナル(以上アメリカ)
2008年 リンク栃木ブレックス(JBL)
2013年 リンク栃木ブレックス(NBL)
2016年 リンク栃木ブレックス(B.LEAGUE)

(参照:リンク栃木ブレックス公式サイトより)

学生時代


中学校時代には全国中学校バスケットボール大会に出場し3位になり、大会ベスト5に選出!
高校では名門の能代工業高校に進学し、1年生のときからスタメンで活躍しました。高校時代では1年生の時、東北大会の仙台高校に1度敗れただけで、なんと高校3年間で史上初全国大会9冠(高校総体・国体・全国高校選抜大会)を達成しています。

当時、各大会の能代工業高校の試合会場では立ち見客などで満員札止めになることや、会場に入るために長蛇の列を作っていたエピソードもあります。

そして現役高校生史上2人目となる日本代表候補に選ばれます。
大学ではアメリカの大学に進学し、入学後2年間は単位取得とケガのためコートに立つことは出来ませんでしたが、2001年に選手登録されると、全試合先発出場で活躍しました。
最終的に大学は3年半で中退しましたが、中学・高校とは全く違った環境でプレーをしたことがその後NBAでプレーする糧にもなったのではないでしょうか!?

日本に帰国

2002年に当時JBLが主催していた、社会人トップリーグのトヨタ自動車アルバルクに入団しました。レギュラーシーズン・プレーオフと全試合に出場し準優勝に貢献。個人成績では新人賞を受賞しています。

NBAに挑戦


2003年にトヨタ自動車アルバルクを退団し、同年7月にNBAダラス・マーベリックスのサマーキャンプに参加します!
同年9月にNBAデンバー・ナゲッツと契約を結びプレシーズンを戦いましたが開幕ロスター(出場選手登録)には残れず解雇されました。

年11月にアメリカ独立プロリーグのロングビーチ・ジャムと契約を交わし、2004年4月優勝に貢献します。
12004年9月NBAフェニックス・サンズと契約しました。日本人初のNBA選手の誕生です!!4試合に出場しましたが、同年12月に解雇されました。

その後は、NBAロサンゼルス・クリッパーズと契約しプレシーズンを戦いますが開幕前に解雇。NBAダラス・マーベリックス、NBAニュージャージー・ネッツをサマーリーグに参加し、挑戦を続けました。

リンク栃木ブレックス入団


2008年に同年にJBLに昇格したリンク栃木ブレックスに入団します。当時の監督は田臥勇太選手が高校時代お世話になった加藤三彦監督が就任していました。レギュラーシーズンでは5位となりましたが、個人成績ではアシスト王・スティール王の2冠を獲得。ベスト5に選出!

この頃、バスケットボール以外に当時女子アナウンサーの方と熱愛が発覚しています。

交際も約6年間続いたといわれ、公私ともに充実!結婚間近!?と注目されましたが結婚には至らず、2014年に破局したと報じられました。

2009年6月にNBAの再挑戦を表明し、NBAダラス・マーベリックスのミニキャンプに招待されましたが、ケガのため練習に参加できませんでした。同年7月にNBA挑戦を断念し、リンク栃木ブレックスでプレーすることを表明しました。

初優勝


2009年シーズンではレギュラーシーズンを2位で終え、昇格2年目でプレーオフへ導きました。プレーオフではファイナルで2連覇中のアイシンシーホースを破り初優勝に輝きます!
個人成績ではプレーオフMVP・年間ベスト5に選出されました。
翌シーズンからチームはレギュラーシーズン6位と低迷が続きます。2013年シーズンからJBLからNBLにリーグが変更されます。NBLではプレーオフに進出しますが、ファイナルに勝ち進むことは出来ませんでした。

2016年シーズンから現在のB.LEAGUEに戦いの場を移しています。

田臥勇太選手の所属するリンク栃木ブレックスのB1東地区は激戦が続いている


現在(3月22日終了時点)のB1東地区の順位は首位がリンク栃木ブレックス、2位にアルバルク東京、3位に千葉ジェッツとゲーム差3の中で上位3チームが激戦を繰り広げています。残りは15試合。直接対決も7試合残っていて、まだまだどうなるかわかりません。

アルバルク東京


NBAでプレーしたことのあるディアンテ・ギャレット選手(写真右上)や若手ホープで日本代表の田中大貴選手(写真右下)や日本代表経験者も多いチームです。

千葉ジェッツ


田臥勇太選手と同じポジションでNBAに挑戦した富樫勇樹選手(写真中央)やこちらも日本代表経験のある大型の日本人プレーヤーも所属しているチームです。

リンク栃木ブレックス


田臥勇太選手を中心に、現在リバウンドランキングのトップのライアン・ロシター選手やNBAのサマーリーグのロスター入りした竹内公輔選手が在籍しています。
どのチームの戦力に大差はありません。リーグ終盤で疲労もある中どういう風な戦い方をするかベンチワークにも注目です。技術・体力も必要ですが気持ちの強さも必要になってくるでしょう。残りの試合に目が離せません。

リンク栃木ブレックス田臥勇太選手のこだわり

  • 練習開始の2時間前に体育館に入り、ストレッチやマッサージに時間をかけて準備をしています。
  • ケガの予防のためバッシュを履くときも細心の注意を払っています。15分くらいかけてバッシュを履き紐を結んでいます。

こういったエピソードがある通り、田臥勇太選手は常に自分の最高のプレーをする準備ができています。こういったこだわりもバスケットボールのためと妥協はしませし、これが長年日本のバスケットボールのトップに立ち続ける秘訣だと言えるでしょう。

リンク栃木ブレックス田臥勇太選手の大切にしている言葉:Never Too Late 決して遅すぎることはない


田臥勇太選手の大切にしている言葉が「Never Too Late」です。
うまくいかないことがあっても、自分の気持ち次第で次に活かせるチャンスがあるということで、日々この言葉を胸に試合・練習に励んでいるそうです。
B.LEAGUEの平均身長は約190cm。身長173cmの田臥選手が対抗するには様々なことを考えてプレーをしているはずです。
生まれ持ったセンスもありますが、常日頃から自分と向き合い妥協を許さずバスケットボールと向き合ってきたからこそ今の田臥勇太選手がいるのだと思います。

リンク栃木ブレックス田臥勇太選手は日本バスケットボール界の象徴であり道しるべ


今ではアメリカの大学やNBAに挑戦するプレーヤーが増えてきました。田臥勇太選手が道を切り開いたこともあると思います。
現在36歳の田臥勇太選手。今シーズン全試合スタメンで出場しています。今までの様々な経験と持ち前のテクニック・バスケットセンスでチームを引っ張っています。
B.LEAGUE初年度で世間の注目がある中、バスケットボール界を盛り上げるため、リンク栃木ブレックスにB.LEAGUE初の王者に導くために活躍するリンク栃木ブレックス田臥勇太選手のプレーに注目しましょう!!

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