意外なあの人も応援してる!?中日ドラゴンズが大好きな有名人をまとめてみた

2011年を最後に優勝から見放されている中日ドラゴンズ。しかしこの球団の底力は、こんなものではありません。今日もナゴヤドームに響き渡る「燃えよドラゴンズ!」に想いを乗せて、チームを後押しする熱血ドラゴンズファンは健在です。有名人の中のそんな熱い人たちを、ちょこっと覗いてみることに致しましょう。

2011年を最後に優勝から見放されている中日ドラゴンズ。常に優勝を争い、Aクラスの常連であったドラゴンズも、ここ3年はBクラスに低迷しています。

しかしこの球団の底力は、こんなものではありません。今日もナゴヤドームに響き渡る「燃えよドラゴンズ!」に想いを乗せて、チームを後押しする熱血ドラゴンズファンは健在です。

有名人の中のそんな熱い人たちを、ちょこっと覗いてみることに致しましょう。

中日ドラゴンズを愛してー上田晋也さん

まず最初に登場願うのは、お笑いタレントであり、バラエティー番組の総合司会者としても活躍中の、くりぃむしちゅー上田晋也さんです。

とは言え上田さんは熊本出身ですし、大学も東京の早稲田大学ですから、名古屋の中日ドラゴンズとは接点が無さそうです。

唯一、中京テレビの深夜番組でのトークショー出演があるくらいですが、それも2015年の話です。ウィキペディアによれば、チームというより落合選手のファンであったということで、同選手の移籍先のチームを応援していました。その後、中日の落合監督が誕生したのをキッカケにドラゴンズファンになりました。

1987年の、背中への故意死球をキッカケに発生した、巨人クロマティ選手と中日宮下選手との大乱闘の際には、地元熊本の藤崎台球場の外野スタンドから一部始終を観戦していたことも明かしています。

子どもの頃から中日ドラゴンズと共にー中島悟さん

愛知県岡崎市出身のレーシングドライバー中島悟さんも根っからのドラゴンズファンです。

生家は300年続く農家でしたが、名城大学付属高校在学中からレーシングカートを始め、卒業後、本格的なレースに参戦します。

以後、1991年のオーストラリアGPを最後に引退するまで、F1レーサーとして活躍されました。現在は代表として、NAKAJIMA RACINGというチームを率いているのですが、2014年に中日ドラゴンズとのチーム間提携を発表しています。

この提携は、ナゴヤドームや各サーキットに於いて双方のアピールイベントを開催する、というものです。スーパーフォーミュラのシリーズでは、ドラゴンズのステッカーを貼ったレースカーが疾走するわけです。

中日ドラゴンズ命ー吉田沙保里さん

霊長類最強女子、レスリングの吉田沙保里選手も熱血ドラゴンズファンの一人です。

吉田選手は、三重県津市の生まれで、父親の栄勝さんと二人の兄はレスリング選手、母親の幸代さんはテニスの元国体選手というスポーツ一家の末っ子として育ちました。

三重県立久居高校卒業後、中京女子大学に進み、現在もここを練習拠点としています。練習の休みには、ナゴヤドームで中日ドラゴンズの試合観戦も。

ご自身のブログによれば、「筋肉痛で下半身がヤバイ。、でも、やっぱり生の迫力は違う」とのことです。

中日ドラゴンズの母ー研ナオコさん

歌手にして女優、コメディエンヌの研ナオコさんは、静岡県天城湯ヶ島町出身です。

14歳で静岡放送の「のど自慢大会」で準優勝した事をキッカケに歌手の道に進み、今も歌い続けています。研さんも筋金入りの中日ドラゴンズファンであり、中日優勝時の祝勝会には、ビールかけの為に馳せ参じたことも。

井端選手や落合夫人とも親交があり、ご自身のブログの中では、ドラゴンズがクライマックスシリーズに出場することになった時、井端選手から直接、観戦へのお誘い電話があったことや、東京ドームでの巨人・中日戦で、荒木・井端のファインプレーに酔いしれたことなどが、しっかり語られています。

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俺たち、私たちだって中日ドラゴンズファンなのだ!

今日ここでご紹介した有名人の皆さん以外にも、中日ドラゴンズを愛してやまない熱血ファンの方々が大勢いらっしゃいます。本当なら自称広報部長の加藤晴彦さん、ビーチバレーの浅尾美和さん、俳優の宇梶剛士さん、市原隼人さんなど真っ先にご紹介すべきなのですが、こうしてどなたを取り上げるべきか迷いつつ、書き連ねてまいりますと、ドラゴンズがいかに多くの人々に支えられているかを実感致します。この3年間の低迷はありますが、必ず「強竜」は復活します。チケット情報はチケットキャンプ(チケキャン)で。

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