今最も勢いに乗っている男!阪神原口文仁に迫る

2016年に金本新監督の元「超変革」のスローガンの掲げ、開幕を迎えた阪神タイガース。期待とは裏腹にチームは打撃不振が続きました。低迷するチームを変えるべく、金本監督が正捕手に抜擢したのが、原口文仁選手。以後目覚しい活躍でチームに変革をもたらしています。そんな原口選手のシンデレラストーリーに迫ります。

2016年に金本新監督の元「超変革」のスローガンの掲げ、大きな注目と共に開幕を迎えた阪神タイガース。期待とは裏腹にチームは打撃不振が続き勝ち星を積み重ねることができない状態が続きました。低迷するチームを変えるべく、金本監督がチームの要である正捕手に抜擢したのが、それまで一軍でのプレー経験がない育成契約の原口文仁選手。阪神は原口選手を慌ただしく支配下登録選手とし、背番号を124から94へ変更させると、その日のうちに一軍で試合出場へ。すると、以後目覚しい活躍でチームに変革をもたらしています。ここではそんな原口選手のここまでのシンデレラストーリーに迫ります。

名門帝京高校からドラフト6位で阪神タイガースへ

小さい頃から大柄で身体能力に優れていた原口選手は小学4年生の時に野球を始め、高校は東京の名門私立帝京高校に進学します。帝京高校では強肩強打の捕手として甲子園ではベスト8入りする原動力になり、高校日本代表選手にも選出されるなど、高校屈指の捕手として注目されました。すると2009年のドラフト会議で阪神タイガースから6位指名を受けプロの道へ進みます。プロ入り後は二軍暮らしが続き、3年目の2012年には腰を負傷し試合出場も限られ、シーズンオフには育成選手契約となります。さらにその後も腰痛の再発や右肩の脱臼、手の骨折など相次ぐ怪我に苦しみプロ野球選手としては先の見えない状況が続きます。支配下登録すらできず、いつ首になってもおかしくない状況でも腐ることなく毎日努力を積み重ね、捕手としてのリードや配球の研究を続けた結果、2014年にはようやく2軍で試合に出場できるようになります。

2015年に金本新監督の元、改革の波に乗りチャンスをつかむ

2015年のオフに金本1軍監督、掛布2軍監督体制に変わると11月の秋季キャンプではそれまで一軍でのプレー経験がなく、育成契約ながらも強肩で長打力もあるバッティングや練習への取り組みが評価されてキャンプのMVPに選出、すると春のキャンプでは一軍キャンプに昇格し積極的に開幕一軍入りへ向けアピールしました。2016年開幕時は2軍スタートとなったものの、4月26日の夜に突如、育成契約から支配下選手への登録変更と一軍昇格を告げられると、翌日の4月27日のジャイアンツ戦で代打で一軍デビューを果たし、4月29日の横浜戦では初の先発マスクを被りチームを勝利に導きました。以後、5月4日の中日戦では初ホームランを記録するとバッテイングでも存在感を発揮するようになり、5月は打率.380、ホームラン5本、17打点と打ちまくりセ・リーグの月間MVPを受賞。それまでは阪神ファンの間ですら知名度がなかった選手が、打撃不振で正捕手不在の阪神の救世主として期待されるようになりました。

原口フィーバーはさらに加熱、オールスターのファン投票中間発表で1位に

交流戦に入ってからも原口選手は好調を維持し、6月20日の交流戦最終戦のオリックス戦では8回の裏に決勝2ランを放って勝利に貢献、4月下旬からの働きを象徴するような活躍ぶりで交流戦を終えました。そして同日発表された2016年のオールスターファン投票の中間発表ではセ・リーグの捕手部門で124,378票を獲得し阪神の選手では唯一となる1位に選出、オールスターへの出場も可能性が高くなり、実力だけでなくファンからの支持もがっちり掴み期待の大きが数字となって現れました。

どこまで勢いは続くか?今後の原口選手に注目!

プロ入り6年間の長い下積み生活を経て一気にブレークした原口選手。チャンスをものにし一軍で活躍、飛ぶ鳥を落とす勢いが続いていますが、厳しいプロの世界で今後も活躍し続けることができるか、そして阪神が浮上する救世主になれるか今後も注目しましょう。

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