2016年は阪神の藤川球児に注目! 復活なるか!?

独立リーグ高知ファイティングドッグスを経て阪神に復帰した藤川球児。阪神ファンを中心に期待も高く注目されています。復活を期す阪神・藤川のこれまでの活躍と、選手としての魅力に迫ります。

「松坂世代」とネーミングが付けられ、有望な選手が多く10年以上プロ野球界を引っ張ってきた1980年生まれの選手たち。今や年齢も30代半ばとベテランに。すでに多くの選手がユニフォームを脱ぎ第二の人生を歩んでいます。

現役組ではソフトバンクの和田毅やジャイアンツの村田修一など現在もチームの主力として活躍している選手も。松坂世代の中でもメジャーリーグのカブス、レンジャーズ、独立リーグ高知ファイティングドッグスを経て阪神に復帰した藤川球児は阪神ファンを中心に期待も高く注目されています。

古巣に戻って復活を期す藤川のこれまでの活躍と、選手としての魅力に迫ります。

阪神・藤川 抑えのエースとして大活躍するも、怪我でメジャーでは結果を残せず

阪神・藤川は父親が草野球でノーヒットノーランを達成した翌日に生まれたことから「球児」という名前を付けられました。地元のスポーツ少年団で本格的に野球を始め、高知商の2年の夏に甲子園出場、そしてドラフト1位で阪神へ入団しプロ生活が始まります。

入団してから5年間は、藤川はプロの壁にぶつかったことや故障により一軍で成績を残すことはできなかったものの、2004年にフォーム改造に取り組み、中継ぎ・抑えに転向した結果、一気にブレイク。2005年にはセ・リーグ最多の80試合に登板、46ホールドを記録すると、2007年には抑えを任され、46セーブでセーブ王のタイトルを獲得。「火の玉ストレート」と呼ばれる150kmを超える浮き上がるようなストレートと落差の大きいフォークを武器に打者から三振の山を築きました。

以来、阪神・藤川は7年連続でオールスターに選出、WBC日本代表やオリンピック日本代表にも選ばれるなど球界No.1の抑えとして活躍し、「いつか再び甲子園のマウンドに帰ってくる。」とファンに約束しメジャーに挑戦します。満を持してメジャーに挑戦したものの、右腕や脚の怪我で結果を残すことができなかった藤川。

地元高知の独立リーグ高知ファイティングドッグスでプレーをしながら、日本のプロ野球への復帰を目指しました。

阪神・藤川、金本新監督の阪神へ復帰! 先発へ転向

現役時代に一緒にプレーした金本新監督の意向もあって、阪神は藤川獲得に着手。ヤクルトも獲得に動いたものの、藤川は阪神を選択、4年ぶりに阪神への復帰が決まりました。

するとチーム事情からこれまでの抑えではなく、先発を任されることに。キャンプ、オープン戦でも金本監督からは「投手では球児が一番」と絶賛されるなどの復調ぶりで開幕に挑みました。3月27日に2003年以来13年ぶりに先発として対中日戦で一軍のマウンドに立つと、3回までは中日打線を1安打に抑える上々の立ち上がりだったものの、4回、5回と打たれ、復帰試合は88球を投じ7安打4失点5回で降板となりました。

しかし4月3日に横浜DeNA戦に先発すると、初回にもらった3点を含む大量援護をバックに6回を投げて、2安打、4三振、無失点の内容で中継ぎへバトンタッチ。そして、8-3でゲームセットとなり、2003年9月19日の巨人戦以来、4,580日ぶりとなる先発での勝利を挙げました。

以前のような豪速球は影を潜め、ストレートは140km台前半ながらも、カーブやフォークを丁寧に低めに集めゴロで打ち取る投球内容でした。しかし、初勝利以降は再度打ちこまれれ2軍で調整するなど、完全復帰にはまだ遠い様子。悪戦苦闘が続いていますが球場に藤川のコールが鳴り響いた時の声援の大きさはチーム一番です。

2016年阪神の優勝のためには藤川の復活が欠かせない

2016年、阪神は金本新監督のもと、選手もルーキー高山の他、横田、江越、原口ら20代前半の若手が主力になりつつあり、若返りが図られています。若い選手たちにとっては阪神の生え抜きで、メジャー経験もある藤川の存在は大きく、監督からは投手としてだけでなくリーダーとしての役割も期待されています。

藤川が先発として結果を残せるか、また阪神の優勝に貢献できるか注目しましょう。

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