【保存版】広島カープ歴代の監督をまとめてみた

12球団一、ファンとの絆が深いチームと言われている広島カープ。この記事ではそんな広島カープの歴代の監督についてまとめていきます。

広島優勝、おめでとうございます!!12球団一、ファンとの絆が深いチームと言われている広島カープ。この記事ではそんな広島カープの歴代の監督についてまとめていきます。

【歴代の監督まとめ】広島カープってどんなチーム?

広島を拠点とし、今や全国の人たちに愛されるチーム・広島カープ。最近ではカープ女子という言葉も聞くようになりました。

広島カープはもともと、戦後に「復興の旗印」として創設されたチームです。他チームに見ない親会社を持たないチーム、いわゆる「市民球団」として歴史を築いてきました。資金難の時には市民が資金を寄せ集めて、なんとかチームを存続させたという逸話もあります。「ファンとの絆が深いチーム」と呼ばれる背景にはそのような理由があります。

そんな広島カープを引っ張ってきたのが歴代の監督達。チーム創設から現在まで16人もの監督がチームをけん引しています。過去にどんな監督がいたのでしょうか?歴代の監督をまとめていきます。

歴代・広島カープの監督まとめ

それでは現在から初代までの歴代の広島カープの監督を順に紹介していきます。

第18代監督 緒方孝市

佐賀県出身 監督在籍2015~

主に中堅主として活躍し、通算打率.282、本塁打241本と選手時代から広島カープをけん引してきた選手。盗塁王も獲得したこともあり、走攻守全てにおいてトップレベルの選手でした。

現役引退後は広島カープの野手総合コーチや一軍打撃コーチ、野手総合コーチを務め、2015年からチームの監督に就任します。初めて監督としてチームをけん引した2015年こそ4位に終わるも、翌年2016年は9月時点で優勝間近。

マジックも点灯し25年ぶりの優勝に期待がかかっています。2016年は逆転での勝利が多く、緒方監督の采配が見事的中していることがわかります。選手時代とともに広島カープの歴史に確実に名を残す名監督です。

第17代監督 野村謙二郎

大分県出身 監督在籍2010~2014 通算監督成績 322勝371敗

ベストナイン3回、最多安打賞3回、盗塁王3回、そして2000本安打を記録した名プレイヤー。2005年には広島県民栄誉賞も受賞。選手時代はチームのリードオフマンとして活躍し、3割、30本、30盗塁のトリプルスリーを成し遂げました。

引退後は野球解説者や臨時コーチなどを行い、2010年からは広島カープの監督に就任。11年連続でBクラスに低迷するチームの指揮を執りました。2013年にはチーム16年ぶりのAクラス進出に導き、翌年2014年もAクラス進出。

2014年は当時チーム史上2番目に多い勝利数を記録しました。

第16代監督 マーティ・ブラウン

https://twitter.com/_Wcannon59J/status/595213518967734272

アメリカ合衆国出身 監督在籍2006~2009 通算監督成績 256勝303敗(広島カープ)

選手時代はMLBや広島東洋カープなどでプレー。選手引退後翌年からMLBのマイナーリーグやAAA級のチームの監督を務めます。監督時代に古巣カープに選手を送り込んだ実績もあって2006年から広島カープの監督に就任。

監督に就任してからはチーム31年ぶりのキャプテン制の採用、そして日本のプロ野球では珍しい野手5人シフトを指示するなど独特の采配を行いました。

また監督としての退場回数も多く、その際ベース投げたり土で隠すなどの行為もあり、話題になりました。

第12、15代監督 山本浩二

広島県出身 監督在籍 第12代1989~1993 第15代2001~2005 監督通算成績 648勝681敗

現役時代は首位打者1回、本塁打王1回、打点王4回ものタイトルを取り、ベストナインとダイヤモンドグラブ賞に共に10回選出。「ミスター赤ヘル」との愛称で、長い間ファンに親しまれました。引退後は野球解説者や野球評論家を務め、1989年に12代目広島カープ監督に就任。

監督時代は前田智徳や緒方孝市、江藤智などの名選手を育て上げ、1989年、1990年はリーグ2位、1991年にはリーグ優勝へと導きました。

1993年に一度監督の座から退き、野球解説者を行っていましたが、2001年に再びチームの要請により15代目監督として再就任。第15代監督としては1度もAクラスでシーズンを終えることはなく成績不振で辞任しましたが、監督として新井貴浩や嶋重宣、栗原健太などの選手を育て上げました。

広島カープで指揮を執った年数は10年。歴代の監督としては2番目に長い年数となっています。選手としても監督としても、長い間チームをさせ続けました。

第14代監督 達川光男

広島県出身 監督在籍 1999~2000 監督通算成績 122勝148敗

現役時代の達川選手と言えばデットボールのトリックプレーや守備時の打者に対するささやき戦術が有名ですが、捕手としてベストナイン3回、ゴールデングラブ賞3回もの賞を受賞しています。

球界を代表するキャッチャーとして黄金期の広島投手王国を長い間支え続けました。

引退後は解説者や他チームのコーチを務め、1998年に6年ぶりにチームに復帰。その翌年に13代目監督として就任しました。結果は2年連続5位に終わるも選手時代と同じく、広島カープファンに愛された監督でした。

第13代監督 三村敏之

広島県出身 監督在籍1994~1998 監督通算成績 337勝323敗

現役時代、主に遊撃手でチームをけん引し、打率3割を記録や本塁打27本を打つなどの成績を残した名選手。また1975年には山本浩二や衣笠祥雄などと共にチームを初のリーグ優勝へと導きます。

その後の「赤ヘル黄金時代」でも2度のリーグ優勝に貢献。

引退後はチームに残り、守備・走塁コーチや二軍監督を経て、1994年に監督に就任。チームの目標として「トータルベースボール」を掲げ、チームの好成績に貢献しました。

第11代目監督 阿南 準郎

大分県出身 監督在籍1986~1988 監督通算成績203勝163敗

現役時代は鉄壁の守備として入団1年目から遊撃手で活躍。「守備の職人」として、ガッツあるプレーでファンを沸かせました。打撃こそ通算打率2割程度と振るいませんでしたが、内野のユーティリティープレイヤーとしてチームを支え続けました。

引退後は他チームの守備コーチを務め、その後広島カープに復帰。コーチとして初のリーグ優勝に貢献します。監督に就任してからもチームを優勝に導き、その後の年もチームのAクラスを持続させ続けました。監督としての役割をしっかりと果たしての勇退でした。

第10代目監督 古葉 竹識

https://twitter.com/naniwataka/status/701220074955247616

熊持県出身 監督在籍1975~1985 監督通算成績873勝791敗

選手時代、1年目からレギュラーとして活躍し、1963年には巨人の長嶋茂雄と首位打者争いを演じます。シーズン終盤の怪我もあって首位打者は逃すもベストナインに選出。その後も機動力を活かし盗塁王を2回も獲得しました。

引退後は南海ホークスで野村克也監督の下で指導者になるための勉強を積み、1974年にコーチとして広島カープに復帰。監督に就任してからは自身のプレイスタイルであった機動力を活かし、チーム初のリーグ優勝へと導きました。

その後も3度のリーグ優勝、日本一に貢献。広島カープの歴史に名を残す名監督です。

第9代目監督 ジョー・ルーツ

アメリカ合衆国出身 監督在籍1975 監督通算成績6勝8敗

大リーグでの出場成績は14試合と選手として目立った成績は残せませんでしたが、MLBコーチ時代に広島カープの選手指導に関わったことがきっかけで1974年にチームの打撃コーチに就任。その翌年には日本球界初のメジャーリーグ出身監督として就任しました。

しかし監シーズン中、日米の野球の違いから試合中に審判と衝突。退場を命じられたことなどをきっかけにシーズン途中で監督を辞任しました。

第8代目監督 森永勝也

山口県出身 監督在籍1972、1975 監督通算成績 87勝118敗

入団後1年目から中軸を打つ活躍をし、1962年には首位打者を獲得。現役通算.270、本塁打81本もの成績を残しました。引退後、打撃コーチとしてチームに復帰。

1972年シーズンは途中から代行監督としてチームを支え、1975年には監督としてチームの指揮を執りました。

第7代目監督 別当 薫

兵庫県出身 監督在籍1973 監督通算成績60勝67敗(広島カープ)

現役時代は大阪タイガースや毎日オリオンズで活躍し、本塁打王や打点王、ベストナインにも選ばれた名選手。猛打賞20回を記録したシーズンもあり、その年にパリーグ初代MVPに輝きます。

引退後はメジャーリーグを視察し、それを活かして日本の各球団で指揮を執りました。歴代の監督を見ると、OBやTチームのコーチ就任、または広島出身者など、なにかしらチームにゆかりがありますが、別当監督だけは唯一チームと全く関係なく就任した監督です。

広島の監督を退いた後も大洋ホエールズで指揮を執り、20年もの間で1000勝をあげた日本球界に名を残す監督です。

第6代目監督 根本陸夫

茨城県出身 監督在籍1968~1972 監督通算成績265勝282敗(広島カープ)

現役時代、近鉄バールズでは「投手を気持ちよく投げさせる捕手」として評判の高い選手でした。打者としては目立った成績は残せませんでしたが、チームの投手から抜群の信頼を受けていました。

引退後は引退後はチームに残り、スカウトや二軍マネージャーとして活躍。その後広島カープの打撃コーチに就任し、その翌年にチームの監督として指揮を執りました。指揮をとったチームを創設初のAクラスに導きました。

第5代目監督 長谷川良平

愛知県出身 監督在籍1965~1967 監督通算成績135勝199敗

167センチとプロ野球選手の中では小柄ながら投手として活躍し「小さな大投手」との異名を取りました。3年連続20勝、入団から8年連続の2桁勝利をあげるなど選手として日本の野球界を盛り上げます。

引退後はチームの投手コーチに就き、その翌年シーズン途中から監督に就任。思うような結果は残せませんでしたが、監督辞退後も他チームのコーチや野球解説者、スポーツ評論家を務めるなど長く日本球界に携わりました。

第2、4代監督 白石勝巳

広島県出身 監督在籍 第2代1953~1960 第4代1963~1965 監督通算成績581勝736敗

巨人で現役生活をスタートさせ、巨人の第一次黄金時代に貢献。その後広島カープの創設に参画。広島カープがまだ「弱小球団」と呼ばれていた頃のチームを引っ張った唯一のスター選手でした。

引退後はチームの監督に就き、悲願であった勝率5割を達成しました。一度退任するも、1965年に再就任。3年もの間チームをけん引しました。

広島カープの歴代監督の中では10代目監督・古葉 竹識と並ぶ11年間もの長い間指揮を執りました。

第3第監督 門前 眞佐人

広島県出身 監督在籍1961~1962 監督通算成績114勝141敗

現役時代は強権捕手として活躍し、39歳まで現役を続けました。選手時代から助監督も務めており、引退後に監督に就任。

思うような結果は残せませんでしたが、のちのスター選手、そして監督となる古葉 竹識を育て上げました。

初代監督 石本秀一

広島県出身 1950~1953

記念すべきプロ野球開幕年に大阪タイガースの監督に就き、初優勝を含む2度の優勝に導きます。その後郷土である広島にチームが創設されると初代監督に就任。

監督就任初年度はプロ野球経験者がたった1人であったため結果は最下位に終わりました。一時はチームの存続の危機に見舞われましたが、後援会の発案や、監督自ら樽募金を行うなど、チームの存続に奔走しました。

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広島カープの歴代監督まとめ

上記のように、広島カープ創設から現在まで16人もの監督がチームをけん引してきました。歴代の監督が歴史を積み重ね、今の広島カープがあります。12球団一、ファンとの絆が強いチームと呼ばれている広島カープ。今後も広島カープの活躍に注目です。チケット情報はチケットキャンプ(チケキャン)で。

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