横浜DeNAベイスターズの戦力外通告・引退・自由契約選手一覧

三浦大輔投手の引退が話題になっている横浜DeNA。本記事では、戦力外通告や自由契約、引退でベイスターズを去る選手たちを経歴とともにご紹介します。

【戦力外通告や引退、自由契約などで2016年に横浜DeNAベイスターズを去る選手まとめ】

2016年、球団初のCS出場を決めた横浜DeNAベイスターズ。CSではリーグ2位の巨人を破り、リーグ首位の広島と対戦し敗退しましたが、ファンに大きな感動を与えました。

そんな中でベイスターズの顔として長くファンに親しまれてきた三浦大輔投手が引退を表明し、多くのファンが「ハマの番長」との別れを惜しみました。同時に三浦大輔投手の他にも、多くの選手達がベイスターズを去ります。

今回は、戦力外通告や引退、自由契約で横浜DeNAベイスターズを去る選手たちを選手の経歴を交えてお届けします。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手1・井手正太郎外野手】

井手正太郎外野手は日南学園高校から福岡ダイエーホークスに2001年ドラフト8巡目で指名を受け入団しました。パンチ力のある打撃と巧打が持ち味の選手です。

ダイエー時代は2007年には1軍61試合に出場、2008年には怪我で離脱するまで1軍23試合で打率.324を記録しました。2010年に吉川輝昭投手とのトレードで横浜DeNAに移籍します。2013年には1軍32試合で打率.310を残すなどパンチ力のある打撃を見せますが、代打出場や途中交代も増え戦力外通告を受け自由契約となりました。

現役希望でトライアウトを受験、5打数1安打の成績を残しました。中日が獲得に興味を示しているとの報道がありましたが、12月2日に現役引退を発表しました。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手2・柳田殖生内野手】

柳田殖生内野手は福知山商業高校からNOMOベースボールクラブなどを経て2005年の大学社会人ドラフト5位で中日ドラゴンズに入団しました。内野全ポジションを守れる守備のユーティリティです。

中日時代は2軍で3割を超える打率を残しますがレギュラー陣の好調などもあり1軍の試合にはあまり出られませんでしたが、2012年は期待を受け1軍29試合に出場。2013年も1軍24試合に出場しますが、思うような成績を残せず2013年オフに戦力外通告を受けてその後横浜DeNAベイスターズに移籍します。

移籍1年目の2014年には自己最多の1軍74試合に出場し打率.273と活躍。しかし2015年以降は打撃不振で思うような成績が残せず代走・守備固めでの起用が増え、戦力外通告を受け自由契約となりました。現役引退を表明し、その後はDeNAの球団職員として第二の人生をスタートさせます。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手3・内村賢介内野手】

内村賢介内野手は山梨学院大学からJFE西日本に進み、BCリーグの石川ミリオンスターズを経て2007年の育成ドラフト1位で楽天ゴールデンイーグルスに指名されました。163センチと球界一小柄な選手で、俊足とそれを活かした守備を武器とした選手で、スイッチヒッターや外野守備、代走・守備固めもこなすユーティリティです。

ルーキー1年目の2008年夏には早くも支配下登録され、セカンドとして1軍47試合で打率.289と自慢の俊足で9盗塁を記録。その後も準レギュラーとなり、外野としても出場しチームに貢献。2011年には打率.271、盗塁31を記録した他プロ入り初ホームランをランニングホームランで飾るなど、自慢の足で活躍した年となりました。その翌年半ばで横浜DeNAベイスターズに藤田一也内野手とのトレードで移籍しました。

横浜DeNAベイスターズにトレード移籍すると、シーズン途中加入にもかかわらず18盗塁を記録。セカンドのレギュラーを射止めましたが、2013年から打撃不振に陥り石川雄洋内野手の活躍や若手内野手の台頭で徐々に代走、守備固め要員としての活躍が増えていきます。2015年には通算100盗塁を記録しましたが、2016年には1軍の試合に出場することなく戦力外通告を受けました。

現役希望し、トライアウトにも出場。結果は4打数1安打1四球2三振でした。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手4・長田秀一郎投手】

長田秀一郎投手は鎌倉学園高校、慶應義塾大学を経て2002年のドラフト会議で西武ライオンズに自由枠で入団します。大学時代は六大学のリーグ記録である9者連続三振の記録を樹立するなどレベルの高さが評判の投手で、「松坂世代」の1人です。

1年目はルーキーながら防御率6点台ながら1軍46試合に登板。2年目には1軍34試合に中継ぎとして登板、防御率3.18と活躍し西武ライオンズの日本シリーズ制覇に大きく貢献しました。その後は不調なシーズンが多くなりますが、2010年に復活を遂げ1軍56試合に登板し防御率3.31と勝ちパターンのリリーフの1人として大活躍をします。その後も中継ぎとして活躍し、2013年シーズン半ばに渡辺直人内野手とのトレードで横浜DeNAベイスターズに移籍します。

ベイスターズへのトレード移籍後、セットアッパーや中継ぎとして活躍。2014年には1軍52試合に登板、2015年には1軍45試合で防御率2.06を記録するなど大車輪の活躍を見せました。2016年の登板は1軍6試合にとどまり、戦力外通告を受けました。現役希望でトライアウトに参加し、最速140キロで三人をノーヒットに抑えました。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手5・安部建輝投手】

安部建輝投手は近畿大学附属高校から近畿大学、社会人のNTT西日本を経て2012年のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから5位指名を受け入団しました。140km台の直球とフォークやツーシーム、スライダーなどの多彩な球種を交えて勝負する投手です。

ルーキーイヤーの2013年、1軍初登板を果たし1回を1失点。初年は1試合登板に終わりました。2014年には1軍4試合、2015年には1軍5試合に登板。社会人の即戦力を期待されていましたが、3年間で期待された成績を挙げることができませんでした。

2016年2月のキャンプで靭帯を痛めトミージョン手術を受け今季は登板なし。今季終了後に戦力外通告を受けました。引退を決定し、DeNA側は球団スタッフとして打診しています。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手6・山下峻投手】

山下峻投手は広島国際学院高校、松本大学を経て2013年のドラフト会議にて横浜DeNAベイスターズから6位指名を受け入団しました。キレのあるスライダーを武器とし、即戦力の左投手として期待されての入団でした。

2014年は2軍で7試合に登板し防御率3.60。2015年は2軍で6試合に登板し防御率9.00、2016年は2軍で7試合に登板、防御率12.46と2軍でも思うような結果が出すことができず、一度も1軍昇格をすることなく3年で戦力外通告を受けました。トライアウトも不参加で今後の進路も未定になっています。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手7・渡辺雄貴外野手】

渡辺雄貴外野手は関西高校から2011年のドラフトで横浜ベイスターズから3位指名を受け入団しました。関西高校時代は春夏連続で甲子園出場を果たしています。高校通算24本塁打に走力、肩力と高い身体能力が売りの選手です。

2012年のフェニックスリーグの際に球団からベンチ裏での喫煙を見つかり強制送還されたこともありましたが、その後は猛練習を重ね2016年2月の宜野座キャンプでは1軍スタートを切りました。俊足を活かすため外野手転向などもしましたが、1軍は勝ち取ることができず戦力外通告を受けました。トライアウトにも不参加で、今後は未定です。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手8・萬谷康平投手】

萬谷康平投手は阪南大学高校から阪南大学、シティライト岡山やミキハウスREDSを経て横浜DeNAベイスターズに2013年の育成ドラフト2巡目で指名を受け入団。長身と長い手足からのストレートやフォークを持ち味としていました。

2014年シーズンには4月に支配下登録され育成選手から速くも這い上がると6月に1軍初勝利を挙げるなど26試合に登板、防御率3.58の成績を残し即戦力として活躍します。しかし2015年は1軍4試合のみの登板に終わり、2016年は2軍登板もなく戦力外通告を受けました。

11月12日のトライアウトに参加して結果は打者3人に対して最速138キロ、内野ゴロ1、内野フライ1、1被安打でした。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手9・久保裕也投手】

2002年のドラフト会議で自由枠で巨人に入団。ルーキー1年目の2003年シーズンから先発で6勝(7敗)、2年目も7勝(6敗)を挙げるなど活躍。2005年シーズンから先発からリリーフやセットアッパーに転向、2005年は64試合、2006年は59試合に登板し中継ぎとして貢献しました。

2010年には回跨ぎやセットアッパー、ロングリリーフなどユーティリティな活躍を見せオールスターにも出場。この年は球団最多の79試合に登板し32ホールドを挙げるなど大活躍。翌年は抑えとして20セーブを挙げました。

その後、股関節痛の手術や右肘のトミージョン手術など故障に苦しみ2012年は1軍登板2試合、2013年は1軍登板なしに終わります。2014年には怪我から復活し48試合に登板しますが、2015年は1軍登板なしで戦力外通告を受けて横浜DeNAに移籍します。

横浜DeNAで迎えた2016年シーズンはリリーフとして1軍の9試合に登板しましたが、思うような結果を出せず1年で再び戦力外通告を受けました。久保裕也投手は現役希望をし、11月12日のトライアウトに参加して結果は打者3人に対して最速136キロ、2奪三振、1被安打でした。

【横浜DeNAベイスターズを去る選手10・三浦大輔投手】

三浦大輔投手は高田商業高校から1991年のドラフト会議で横浜大洋ホエールズからドラフト6位で指名されました。リーゼントの髪型から「ハマの番長」とファンたちから親しまれ、横浜の顔とも言える人気選手として長くプレーを続けました。

プロ4年目の1995年から頭角を現し先発ローテーションに入り、いきなり8勝(8敗)をマーク。そこから21年に渡り1軍で毎年20試合前後の先発登板をし続けました。1998年の優勝にも大きく貢献し、この歳から引退までエースナンバー「18」を背負いました。

2008年にはFA宣言しましたが、ファンや球団の熱い声に残留を決意。そのまま横浜一筋の野球人生を送りました。2014年からは現役を続けながら投手コーチも兼任、プレーと指導の両面からチームを引っ張る存在となりました。2016年に引退を表明、球団は背番号「18」を準永久欠番扱いの「横浜ナンバー」に指定しました。

三浦大輔投手は長く先発として活躍し横浜一筋でプロ生活25年、172勝184敗の成績を残しました。引退後はグラウンド外での活動を通し、野球に携わっていくとコメントしています。

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【横浜DeNAベイスターズを去る選手たちの第二の人生を応援しよう!】

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(出典:photoACより)

今回は戦力外通告や引退、自由契約で横浜DeNAベイスターズを去る選手たちを選手の経歴とともにお届けしました。三浦大輔投手を始め、皆横浜DeNAベイスターズに大きく貢献してきた選手ばかり。現役を続ける選手も球界を離れる選手もいますが、彼らの第二の人生をこれからも応援しましょう!チケット情報はチケットキャンプ(チケキャン)で。

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