亡くなった名スカウトも!広島カープ歴代の「背番号2」を振り返る

1/9(金)、広島カープで数多くのスター選手を発掘した名スカウト・村上(旧姓:宮川)孝雄さんが亡くなりました。ここでは、村上さんの選手時代からの功績や、背番号2をつけてきた歴代の名選手について振り返ってみます。

1/9(金)、広島カープで数多くのスター選手を発掘した名スカウト・村上(旧姓:宮川)孝雄さんが亡くなりました。

村上さんが30年にわたるスカウト生活で発掘した選手は、200勝を達成した北別府学さんや2015年から監督を務める緒方幸市さん、2000本安打を達成した前田智徳さんなど。そしてご自身も背番号2をつけた名選手としても知られています。

ここでは、村上さんの選手時代からの功績や、背番号2をつけてきた歴代の名選手について振り返ってみます。

広島カープの「背番号2」:宮川孝雄さんは代打の神様だった

宮川さんは1960年から1974年の15年間、広島カープの選手で、入団から引退まで背番号2をつけ続けました。引退後、30年間スカウトを務め、亡くなるまでは球団の顧問でした。1991年に夫人の姓である「村上」姓になりました。

宮川さんは代打で活躍し、大記録を持っている選手です。通算代打安打186本は日本記録です(起用回数778回)。代打の神様といえば阪神タイガースですが、2位の桧山進次郎の通算代打安打数は158本(起用回数757回)。大きな差がありますね。

なお、宮川さんは福岡県出身。スカウトでは九州から有力選手を発掘しました。北別府さんは鹿児島県出身、緒方監督は佐賀県出身、前田さんは熊本県出身です。福岡ダイエーホークス(当時)が地域密着戦略を始めてからは、有力選手のスカウトに苦労したようです。

広島カープの「背番号2」:高橋慶彦さんはスイッチヒッター、盗塁で人気

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1978年から1989年まで広島カープで背番号2をつけた高橋慶彦さんは、当時、全国的に人気のスター選手でした。小説家・村上龍さんは高橋さんをモデルにした「走れ!タカハシ」を書いています。現役時代は歌手デビューまでした選手でした。

スイッチヒッターとして成功し、盗塁王3回、通算盗塁数477盗塁(歴代5位)の記録を持っています。

解説者としてもテレビに数多く出演してきた高橋さん、2016年からはオリックス・バファローズの一軍打撃コーチを務めます。

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