サッカー国際大会でも話題…阪神と道頓堀のエピソード

道頓堀とは大阪の繁華街で、阪神優勝時には大いに盛り上がり、全国的に話題になる場所でもあります。 ここでは、阪神優勝と道頓堀でのエピソードについて、いくつか振り返ってみたいと思います。

2015年12月、アルゼンチンのサッカークラブ、リバープレート(リーベルプレート)のサポーターが、クラブワールドカップの応援のために来日。試合は大阪でも行われ、道頓堀の戎橋と道頓堀橋の間に6,000人ほどのサポーターが集まったことで話題になりました。

道頓堀とは大阪の繁華街で、阪神優勝時には大いに盛り上がり、全国的に話題になる場所でもあります。便乗して盛り上がった人たちも多く、戎橋から道頓堀川に飛び込む「道頓堀ダイブ」は今でも問題視され「禁止」のアナウンスがされてきました。

ここでは、阪神優勝と道頓堀でのエピソードについて、いくつか振り返ってみたいと思います。

1985年の阪神優勝、初めて道頓堀ダイブした人は「巨人ファン」

道頓堀ダイブが問題視されるようになったのは、阪神タイガースが日本一に輝いた1985年のことでした。落語家の桂福若さんは、「最初に道頓堀川にダイブした」として、本人もテレビで語っています。

福若さん、実は巨人ファンで、「21年も優勝しなかった阪神が優勝するわけない」「優勝したら道頓堀に飛び込んでやる」と見栄を切ったのがきっかけだとか。

福若さんは道頓堀ダイブがきっかけで高校を退学。その後、師匠・桂福團治さんに声をかけられ落語の世界に入りました。

阪神優勝でカーネル・サンダースも道頓堀に投げられ、都市伝説も

1985年の阪神優勝では、大変な大騒ぎの影響で、ケンタッキー・フライドチキン道頓堀店(現在は閉店)のカーネル・サンダース像が道頓堀に投げ込まれました。投げた人物は桂福若さんが「後輩だ」と語っています。

その後、阪神の成績は低迷し、「カーネル・サンダースの呪い」として都市伝説化されました。都市伝説として話題にしたのは、東京でも放送されている朝日放送系「探偵!ナイトスクープ」です。第1回放送(1988年3月)では、「道頓堀のカーネルおじさんを見つけてほしい」が「依頼」の一つでした。以降、3回に渡って潜水捜査を行ったのですが、見つからず。事実、阪神は2003年のリーグ優勝まで、優勝できませんでした。

なお、カーネルおじさんが「救出」されたのは、2009年のこと。大阪市建設局が障害物調査を行った際、見つかりました。

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