第78回天皇杯を振り返る!横浜フリューゲルス、最後の戦い

2015年で95回目を迎える、男子サッカーNo.1決定戦、天皇杯。歴史ある天皇杯、サッカーを愛する皆さんにとっても忘れられない大会や勝負があるでしょう。ここでは、横浜フリューゲルスが優勝した第78回天皇杯を振り返ってみます。

2015年で95回目を迎える、男子サッカーNo.1決定戦、天皇杯

歴史ある天皇杯、サッカーを愛する皆さんにとっても忘れられない大会や勝負があるでしょう。

ここでは、横浜フリューゲルスが優勝した第78回天皇杯を振り返ってみます。決勝戦が行われた1999年1月1日、横浜マリノス(当時)との合併・クラブ消滅が決まっていた横浜フリューゲルス最後の試合となりました。

天皇杯に負けた時点で、横浜フリューゲルスが消滅する現実

横浜フリューゲルスはJリーグ所属で、横浜市に本拠地があるクラブでした。天皇杯は、1993年に初優勝しています。

1998年10月29日、横浜フリューゲルスが消滅するという情報がマスコミにより、突然発覚しました。出資会社(佐藤工業、全日空)の経営状況の影響でクラブを支えられなくなり、横浜マリノスの親会社・日産自動車との協議により、マリノスに吸収される形で合併が決まりました。全国のJリーグサポーターから62万人の「合併反対」署名が集まりましたが、クラブ消滅は正式に決まってしまいました

横浜フリューゲルスは合併発表後、Jリーグ2ndステージ終了(11月14日)まで、全試合に勝利しました。

そして、12月13日から天皇杯が始まりました。天皇杯はリーグ戦と異なり「負けたら終わり」の一発勝負。天皇杯に負けたら、横浜フリューゲルスとしてもう試合ができなくなります。1日でも長く試合をするためには、天皇杯で決勝戦に行く必要がありました。

横浜フリューゲルス、最後の試合で天皇杯優勝!

横浜フリューゲルスは、天皇杯3回戦から戦い始めました。準々決勝と準決勝で、当時リーグ戦で屈指の強さを誇っていたジュビロ磐田と鹿島アントラーズに続けて勝利!4連勝しました。

1999年1月1日、決勝戦の相手は、清水エスパルスでした。奇しくも清水エスパルスは、1993年のJリーグ開幕試合の対戦相手でした。

試合は清水・澤登正朗により先制されたものの、横浜フリューゲルスは、久保山由清と吉田孝行のゴールで、2-1。逆転勝利で優勝しました!キャプテン・山口素弘に天皇杯が渡され、場内が歓喜に包まれました。

優勝インタビューに応じた波戸康広からは「悔しさ」という言葉も出ました。波戸の言葉に象徴されるように、天皇杯優勝により、横浜フリューゲルスは全国に名前を広めることができましたが、クラブがなくなる寂しさ、悲しみは消えませんでした。

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