中日ドラゴンズの50歳・山本昌が1軍登板!

40歳を超えたベテランが活躍している、中日ドラゴンズ

1965年生まれの球界最年長左腕・山本昌は、8/11(火)で50歳になりました。その2日前の8/9(日)の東京ヤクルトスワローズ戦、49歳11か月で今季初登板しました。残念ながら2回途中、22球で緊急登板しましたが、「マサさん、まだいけるかも」と思ったファンはたくさんいたことでしょう。

球界のレジェンド山本昌、これまでと今シーズンの初登板までを振り返ってみましょう。

山本昌は30年以上中日ドラゴンズ一筋!記録や登録名の由来も伝説級

中日ドラゴンズの山本昌は、神奈川県の日大藤沢高校から1983年にドラフト5位で中日ドラゴンズに指名され、入団しました。プロ32年目、中日一筋です。1988年2月から、ドジャース(マイナーリーグ/1A)へ留学。ここでよく曲がるスクリューボールを覚えました。1Aのオールスターゲーム出場中にブルージェイズからメジャー入りの打診があり、中日は慌てて山本昌を呼び戻してしまいます。山本昌はメジャーリーガーにはなれませんでしたが、この年、プロ初勝利、そして中日のリーグ優勝に貢献しました。初勝利までが長かったですね。

それから20年後の2008年に200勝を達成。42歳11か月での200勝は、史上最年長です。2006年のノーヒットノーランも、最年長記録です。

山本昌は打撃でもチームのために戦います。通算153犠打は、現役選手(野手含む)の中で第18位に入っています。

▶︎歴代記録 犠打 【通算記録(現役選手)】

登録名についても触れておきたいところ。本名は山本昌広です。1996年以降、チームに山本姓が1名になっても、「山本昌」時代に最多勝のタイトルを獲得したことから(1993、1994)、「山本昌」の登録名を続けてきました。姓と「昌」の間にスペースがない形が正式です。

中日ドラゴンズ公式「明日の予告先発は山本昌投手‼️」のツイートにファン大喜び

中日ドラゴンズの公式ツイッターは、元投手の小林正人広報(コバマサ)が担当しています。山本昌の後輩です。コバマサ広報は8/8(土)、24万人のフォロワーがいるアカウントに、予告先発・山本昌のツイートをしました。

「チームの状況を考えなさい」「不安」のリプライもありましたが、「ついに来た」「待ってました」「がんばれ」、そして顔文字で喜びを表現するなど、歓喜や応援の声が大多数でした。

8/9(日)、竜党はもちろん、対戦相手のヤクルトファンをはじめ、全国のプロ野球ファンが注目した一戦となりました。

40代最後の先発となった山本昌、緊急降板の理由は、左手人差し指を自分の体のどこかにぶつけ、突き指をしてしまったとか。被安打1、1失点、2三振でした。見守っていた人たちからは、「大事に至らず安心した」、そして打者4人中2人を三振に仕留めたことを絶賛する声もありました。

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