大相撲に歴史あり!「ビデオ判定」が始まったきっかけ

SNSなど、時代に合わせてツールを使いこなしている大相撲。プロ野球などで使われている「ビデオ判定」を日本で最初に採用したのは、大相撲でした。大相撲観戦に行ったとき、ビデオ判定を目撃するかもしれません。「もしも」のために覚えておきましょう。

SNSなど、時代に合わせてツールを使いこなしている大相撲

プロ野球などで使われている「ビデオ判定」を日本で最初に採用したのは、大相撲でした。伝統の国技を長く続けるために、ファンが納得することを考えてルールを取り入れているのですね。

大相撲にビデオ判定が採用されたきっかけは、大横綱の勝利記録をストップさせてしまった、大相撲史に残る「世紀の大誤審」からでした。現在もビデオ判定はたびたびニュースになり、話題になります。あなたも大相撲観戦に行ったとき、ビデオ判定を目撃するかもしれません。「もしも」のために覚えておきましょう。

大相撲でビデオ判定が起こったきっかけとは?

1969(昭和44)年3月、大阪で行われた大相撲春場所2日目のことでした。当時、戦後最長だった連勝記録「44」を記録していた横綱・大鵬と前頭筆頭の戸田(後の元小結・羽黒岩)との対戦でした。

この取組では大鵬が戸田に押される展開に。大鵬は戸田に押し込まれるような形で倒れ込みました。しかし、戸田のほうが先に右足を出していたのを立行司の二十二代式守伊之助が見て、大鵬に軍配を上げました。

これに物言いをつけたのが、勝負審判を担当していた千賀ノ浦親方(元大関・栃光)でした。その後、5人の審判委員が協議し、春日野審判部長は、行司差し替えで、戸田の勝ちとしました。戸田が初めての金星を獲得することになりましたが、同時に、大鵬の45連勝が阻まれてしまったのです。

当時のNHKのテレビ中継の映像では明らかに大鵬が勝っており、NHKも審判にビデオの確認を促したのですが、審判たちは拒否したという経緯があります。

大相撲でビデオ判定はどのように行われている?

1969年の春場所は大鵬の大記録が途切れて以来、客足は明らかに鈍り、春場所9日目には、夏場所からビデオ判定の採用が決まりました。おなじみの審判部長による説明も、この時から始まったものです。

現在、土俵上には行司、土俵下には元力士(審判部に所属する年寄)の審判部長および4人の審判が取組を見守っています。彼らのほかに、ビデオ室に2名、ビデオ担当の審判委員がついています。ビデオ画面は3台、うち1台は4分割され、合計6方向から映像を確認しています。

ビデオ判定は審判委員が物言いをつけた後に行われます。ビデオ担当からは物言いをつける権限がありません。しかし、審判委員と即時連絡が取れる状態で、「物言いをつけたほうが良い」と促すことはできます。ビデオ室から物言いを促された後、軍配が覆った例もあります。2009年の春場所11日目、若の里-琴奨菊戦でした。

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