宮本亜門は東京生まれの演出家。幼い頃から新橋演舞場に出入りし、歌舞伎・日劇や映画館にも通い様々な演劇に興味が沸き始めた。また、幼稚園の頃に日本舞踊、小学生の頃には茶道を嗜み日本の文化に触れることが多かった。この頃の将来の夢は裏千家の家元か日本美術史の研究家になることで中学生になる頃には仏像や仏閣などの美しさにも魅了され、さらには建築・日本画・西洋美術と興味が沸き始めた。玉川大学中退後、ダンサー・ミュージカル・振付師としてデビューし、1987年にオリジナルミュージカル「アイ・ガット・マーマン」にて演出家としてデビューを果たした。2017年演出家30周年を迎えさらなる活躍を期待したい。

宮本亜門(AMON MIYAMOTO)の日程

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宮本亜門について

宮本亜門の魅力とは

宮本亜門は東京生まれの演出家。母は松竹歌劇団専属の元ダンサーで、母が亡くなった際には次は自分が舞台で活躍するようにと母からバトンを渡されたと後のインタビューにて語っている。ダンサー・振付師と活躍している間、毎年ニューヨークへと訪れ後にロンドンへも2年間留学。その中で700以上もの舞台を鑑賞。帰国後は演出家として本格的に活動するため、名前を宮本亮次から宮本亜門へと改名した。

1987年オリジナルミュージカル「アイ・ガット・マーマン」にて演出家としてデビューし、翌年文化庁芸術祭賞を受賞。1989年「エニシング・ゴーズ」「サウンド・オブ・ミュージック」を大成功させ演劇界でも注目をあびた。そして1993年ネスカフェのCMにて「違いの分かる男」として多くの日本人に認知される。2000年以降は海外での活動にも乗り出し、2004年東洋人初の演出家として「太平洋序曲」をニューヨークのオン・ブロードウェイにて上演。翌年同作品でトニー賞に4部門ノミネートされ大きな話題を呼んだ。2010年4月KAAT神奈川芸術劇場の初代芸術監督に就任し、翌年1月のこけら落としでは三島由紀夫原作の「金閣寺」を舞台化。7月にはニューヨーク・2012年1月には東京・大阪でも上演されている。古典芸能から最新の話題まで日本の芸術文化をこれからも世界へ発信していく彼に注目してみよう。

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