盲目のピアニスト 「辻井伸行」のプロフィール 天才とも呼ばれる才能の原点に迫る!

先天性の全盲という障害を持ちながらプロのピアニストとして世界で活躍する辻井伸行さん。盲目のピアニストとして注目を集めましたが、その裏側には天才的な才能と実力があります。辻井伸行さんの演奏はなぜ人々の心を打つのでしょうか。ピアニストとして重要なテクニックや実力があるだけではなく、自分の心の内や内面を演奏で表現するようなスタイルに多くの人が魅せられています。今回は盲目のピアニスト・辻井伸行さんの詳しいプロフィールと、伸行さんを育て、才能を伸ばした母・いつ子さんのプロフィールを紹介していきます!

盲目のピアニスト 辻井伸行 天才とも呼ばれる才能の原点に迫る!


先天性の全盲という障害を持ちながらプロのピアニストとして活躍する辻井伸行さん。

彼のステージは日本だけにとどまらず世界へと羽ばたいています。

今回はそんな独特の世界観と飾らない純粋なキャラクターが世界のファンを魅了する盲目のピアニスト・辻井伸行さんの生い立ちからプロフィール、才能と実力を開花させた母・いつ子さんのプロフィールも併せてご紹介します。

盲目のピアニスト「辻井伸行」~基本プロフィール~


【画像:GAHAG


盲目のピアニスト・辻井伸行さんの基本プロフィールを紹介します。

辻井伸行さんは1988年9月13日東京都豊島区に生まれました。

2歳ごろから音楽の才能を見せ始めた辻井伸行さんは筑波大学付属盲学校の小学部、そして東京音楽大学付属高等学校のピアノ演奏家コースを卒業しました。

1995年全日本盲学生音楽コンクールで第一位を受賞した時はわずか7歳

10歳で交響楽団との共演を果たし、先輩ピアノ家達にも実力を見せつけ強烈な印象を残したそうです。

ピアニスト・辻井伸行さんの母・いつ子さんのプロフィール


ここではピアニスト・辻井伸行さんの母・いつ子さんのプロフィールを紹介します。

母・辻井いつ子さんは元フリーアナウンサーで、26歳のときに産婦人科医である辻井孝さんとご結婚されました。
28歳のとき、1988年に辻井伸行さんが誕生しています。

いつ子さんは産後間もなく我が子が全盲であることがわかり、絶望と不安に襲われました。
しかしその後「明るく、楽しく、あきらめない」という言葉をモットーとした子育てを始めたそうです。

そのきっかけの1つとなったのは、子どものころから弱視で40代で失明された福澤美和さんが書かれた「フロックスは私の目」という本。

全盲であっても歌舞伎や博覧会、美術館なども楽しむという福澤さんのエッセイに感銘を受け、すぐに福澤さん本人と連絡をとって直接話を聞きに行ったとのことです。

それからは盲目だからと内にこもらず積極的に外出し、水泳やスキーなど様々な体験をさせるようになったそう。

いつ子さんは現在、TBSラジオ毎週日曜日朝7時15分~7時25分の番組「今日の風、なに色?」でパーソナリティを務めていて、子育て本の出版、講演会、テレビ番組にも出演されているため、知っているという人も多いかもしれません。

全盲でありながら世界に認められたピアニスト・辻井伸行さんの才能と実力を見抜き、育てあげた「母」の話は、特に子育て世代から注目を集めています。

幼少期から現れていた!辻井伸行さんの驚くべき才能


【画像:GAHAG


辻井伸行さんと、お母様・いつ子さんのプロフィール紹介の次は、辻井伸行さんの驚くべき才能が分かるエピソードをご紹介します。

辻井伸行さんは先天性の疾患「小眼球」という盲目の病を背負い誕生しました。

辻井さんの母・いつ子さんは出生直後に発覚した病にとまどいながらも、音楽に特別な反応を示した辻井伸行さんを見逃しませんでした。
しかしこの時、まさか将来盲目のピアニスト・辻井伸行として世界に知られる人となるとは想像もしなかったでしょう。

いつ子さんは目が見えない代わりに耳が発達していると気づいてからは、音楽を聴かせ、鍵盤を与えました
そんな母の行動に導かれるように、辻井伸行さんとして少しづつ才能を開花するように。

幼少期の辻井伸行さんの才能、実力がわかるエピソードとして有名な2つのエピソードがあります。

8ヵ月でピアニストを聴き分ける

辻井伸行さんがわずか生後8か月のとき、ブーニンの弾く「英雄ポロネーズ」が大好きで、CDをかけると手足をばたつかせて喜んでいたそうです。

聴きすぎたことでCDに傷がついてしまったので、いつ子さんは他のCDの「英雄ポロネーズ」をかけました。
しかし、なぜか不機嫌は収まりません。

「もう一度喜ぶ顔が見たい」と思い、CDをよく見比べてみたところ、奏者が違っていたのです。
急いでブーニンの「英雄ポロネーズ」を買って来て聴かせるとご機嫌になったとか。

このとき、いつ子さんは伸行さんが「自分たちとは違う耳を持っている」ということに気が付いたそうです。
辻井伸行さんの才能と実力に気が付いた瞬間だったのではないでしょうか。

2歳でジングルベルを演奏

これは辻井伸行さんが2歳3か月のとき、クリスマスイブの話です。

いつ子さんはクリスマスイブということで、「ジングルベル」を口ずさみながら料理をしていたそうです。
すると、隣の部屋から聴こえてきたピアノのメロディー。

それは間違いなく、いつ子さんの歌声に合わせて演奏しているものでした。
急いで伸行さんのもとへ行ったいつ子さんは、伸行さんがおもちゃのピアノでメロディーをしっかりと奏でているのを目にします。

2歳3か月で歌声に合わせてキーを取り、ピアノを弾くということはとても難しいことですよね。

母はその後もピアノが自信に繋がるようにと活躍の場を広げる手伝いを続けました。
そしてなにより、社交的で好奇心旺盛な辻井伸行さん自身が、様々な経験を望んでいました。

ピアニスト「辻井伸行」としてのデビューそして華々しい活躍


ここからはプロのピアニスト・辻井伸行さんとしてのプロフィールを紹介します。

様々な場で演奏することに意欲的だった辻井伸行さんは、海外でも名高いコンクールへ出場し、数々のグループとの共演を果たしました。

2009年ヴァン・クライバーン・国際ピアノコンクールで中国人ピアニスト・張昊辰さんとともに優勝
日本人初の優勝を手にし、名実ともに世界に名の知れるトップピアニストの仲間入りとなったのです。

コンクールの優勝をきっかけに2007年に発売されたアルバム「debut」の売上は急上昇し、日本中にピアニスト・辻井伸行さんの名前が知れ渡りました。
2009年6月29日付のオリコンウィークリーチャートでは2位を獲得。それまで日本人ピアニストの歴代アルバム売上ランキング1位だった西村由紀江さんの「101回目のプロポーズ」を17年ぶりに上回るという記録的な数字に。


曲を聴いたきっかけは「有名なコンテストで優勝したピアニストだから」といった理由が多かったでしょう。
しかし、実際にアルバムを聴いた方からのレビューには「実際に聴いてみると感動した」「他のピアニストにはない細やかな感情が伝わってくる」などの声も多く、辻井伸行さんならではの繊細な音の表現が多くの人に支持されていることを示しています。

幼少期からの天才的な才能と実力を持っていた辻井伸行さんは、「盲目である」というだけで有名になったわけではないのです。

現在までの活動は多岐に渡り、テレビ・ラジオ・雑誌などのメディア出演も多くこなす他、映画の主題歌・挿入歌も手掛けています。
メディアへの露出で、辻井伸行さんの生い立ちや無邪気な笑顔に惹かれてファンになったという人も少なくないはず。

過去にはフジテレビ系列のバラエティ番組「さんまのまんま」で、明石家さんまさんの「引き笑い」の音階を本人を前に解明したことも。

ピアニストや演奏家は気難しいイメージを持たれがちですが、辻井伸行さんはそういったイメージを払拭してくれました。

盲目のピアニスト「辻井伸行」はやっぱりすごい


【画像:GATAG


盲目という過酷な運命の中で生を受けたにも関わらず、自由に伸び伸びと才能を開花させたピアニスト・辻井伸行さん。
2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』では、「真田丸紀行」の「ピアノ・ソロ編」、「ヴァイオリン&ピアノ編」の演奏も担当し、さらにファン層を広げていますね。

今年2017年8月9日には、ロシア・ウラジオストクで開催された「極東音楽祭」にも出演し、ロシア、中国、韓国、シンガポールなどの国々の演奏家たちと交流を深めるなど、精力的な活動を行っています。

才能、実力ともに世界レベルでありながら、気取らない親しみやすいキャラクターでいつもファンを楽しませてくれる辻井伸行さん。
その才能を早くから見つけだし活躍の道を開いた母・いつ子さんの先見性も素晴らしいですよね。

今回は辻井伸行さんのプロフィールを紹介しました。
若手ピアニストとしてまだまだ活躍の場を広げつつある辻井伸行さんの今後も注目していきたいですね!

辻井伸行さんの他のおすすめ記事

コメントお待ちしております

内容に問題がなければ「コメントする」ボタンを押してください。