コトノハに乗せられた想いとは? 徳永英明さんの公式ブログから紐解く 人柄・交友関係まとめ

徳永英明さんの魅力は、30年以上の歩みの中で生み出された楽曲やその透明感のある歌声だけではありません。日々の出来事や想いを思うままに綴るブログのなかにも、その出来事に隠された人柄や交友関係など、ステージ上では見ることのできない徳永さんの新たな一面・魅力がたくさん秘められています。今回は、徳永英明さんのブログにスポットを当て、そのなかで綴られている内容やエピソード、交友関係などをまとめていきます。徳永英明さんのブログに隠された、様々な魅力を紐解いてみてくださいね。

日々の出来事や想いから探る徳永英明さんの魅力


(画像:フリー画像AC)

2016年にデビュー30周年を迎え、数多くの名曲とともに歴史を刻んできた徳永英明さん。透明感のある歌声により描き出される世界観は、徳永さんの人柄そのものに触れているかのような「優しさ」や「誠実さ」に溢れています。

また、日々の出来事や想いを綴るブログに目を向けてみると、その出来事から見えてくる人柄や交友関係など、ステージ上では見ることのできない徳永さんの新たな一面に気づくことができます。

そこで今回は、徳永英明さんのブログにスポットを当て、その内容やエピソード、交友関係などをまとめていきます。徳永さんからにじみ出る、様々な魅力に触れてみてくださいね。

徳永英明さんのこちらの記事もチェック!

徳永英明さんがブログで綴る様々な想い


(画像:フリー画像AC)

徳永英明さんが、気の向くままにメッセージを発信する場として、2004年12月に「HTのひとりごと」が開設されています。

徳永さんの日常やファンへ向けたメッセージをはじめ、毎回、様々な話題・内容が綴られている同ブログ。2015年2月に「LINEオフィシャルブログ 」へ移転後も、徳永さんの近況や想いに触れる場として、多くのファンに愛されています。

過去のブログでは、どのような内容が発信されているのでしょうか。ここからは、いくつかの項目に分けて、ブログに投稿された内容をご紹介していきます。

「サッカー愛」を強く感じる徳永英明さんのブログ投稿


(画像:フリー画像AC)

かつて、TBSで放送されていた「スーパーサッカー」のメインパーソナリティーを務め、スポーツ新聞や雑誌などでサッカー関連の連載を持っていた徳永英明さん。今でも、サッカーが放映される日はワクワクするそうで、過去の投稿では、緊迫するゲーム展開に「正座して見ていた」と語っていたこともありました。

普段ステージに立つ徳永さんは、静かで穏やかなイメージがありますが、サッカーを語る際には普段とはまた違う「熱い男」の一面を見ることができます。「徳永JAPAN」と呼ぶ、自身が考える日本代表ベストメンバーの構想について触れたり、選手個々を分析したり、エールを送ることもあります。熱くなると「!」が増える傾向にあると言ってもいいかもしれません。

数あるサッカー関連の投稿の中で、特に印象的だったのが2010年7月8日のブログ。この時期は、サッカー日本代表の快進撃が話題となった「南アフリカワールドカップ」の真っ最中だったこともあり、サッカー関連の投稿も多く見られました。

この日は、徳永さんが大宮で行ったコンサートについて書かれています。同コンサートで、日本代表のユニフォームを着たカップルのファンが「決勝 オランダ対スペイン 徳さんどっち?」と書かれたプラカードを掲げていたのだそう。これを見た徳永さんは、「僕はドイツだよドイツ!!!!!!」と言い返したと綴られています。

プラカードを掲げたファンは、準決勝に残ったウルグアイ・オランダ・ドイツ・スペインのうち、オランダとスペインが勝ち上がると予想したものの、ドイツが勝ち上がると予想した徳永さんがこのように言い返した形だったようです。しかし、ドイツが準決勝で敗れてしまったため、この日のブログでは「ごめんなさい!!!!」と語っています。

予想が外れてしまったことを受け、ドイツのサッカースタイルについてブログ内で考察している姿からも、徳永さんのサッカー愛を強く感じることができます。

徳永英明さんがブログで綴る「大切な人」の存在


(画像:フリー画像AC)

徳永英明さんの交友関係が話題となる際、必ずと言っていいほど名前の挙がる人物がいます。それが、2014年に亡くなった落語家の桂小金治さんです。徳永さんの2009年4月のブログでも、「僕の大事なお友達」という書き出しで、桂小金治さんのことが綴られています。

徳永さんと同じ福岡県出身の歌手の藤井フミヤさん。2人もまた、藤井さんがチェッカーズとして活躍されていた時代にテレビ番組で共演したことがきっかけとなり、交流が生まれる形となったようです。

そんな藤井さんが、小金治さんの息子さんと仲が良かったことで、徳永さんと小金治さんの交流がスタートしたのだそう。前述の4月のブログでは、小金治さんがハワイに行った際、18人にお手紙を書くというエピソードが紹介されています。さらに、この18人の中に自身が含まれていることを述べ、そのありがたみをかみしめる様子がありました。

このほかにも小金治夫妻と一緒にピザを食べに行った様子を写真付きでアップするなど、いかに深いつながりであったかをうかがうことができます。

2014年に小金治さんが亡くなり、その後更新したブログでは、師匠からたくさんのお手紙を頂いたことに触れ、「これからは、お空にお手紙を書いてね」という想いを、感謝の言葉とともに綴っています。

一つ一つのやり取りやその様子からは、徳永さんにとって小金治さんという存在がいかに大きいものであったかが分かります。ファンであっても、新たな発見がある徳永さんの交友関係。詳細なエピソードが語られる機会は少ないものの、ブログに綴られた文章や写真を通じ、徳永さんが大切にしている「人と人のつながり」を強く感じることができます。

徳永英明さんがブログで語る「名曲」へ込めた想い


(画像:フリー画像AC)

2005年からリリースしているアルバム「VOCALIST」シリーズの影響もあり、カバー歌手として徳永英明さんを認識している方も多いかもしれません。

また、徳永さんのオリジナル曲をカバーする歌手も多く、様々な場面で徳永さんの楽曲を耳にする機会があります。「VOCALIST」シリーズは大きな反響を呼び、6作目まで続く形となりました。

しかし、「オリジナルでしか出せない説得力」や「オリジナルでしか生み出せない感動」など、カバー曲では表現できないことがたくさんあるなかで、そうした楽曲を歌い続けることに辛さを感じていたという徳永さん。

2015年1月に更新されたブログでは、「VOCALIST」10周年を機に、しばらくカバーシリーズから離れることを綴っています。この時期に出演したトーク番組でも、シンガーソングライターとして、「オリジナル」に力を入れてやっていきたいと、自身の想いを語っていました。

ブログでは「オリジナル」ということに関して、自身の代表曲である『壊れかけのRadio』にまつわるエピソードを語っています。1990年4月に事務所を独立した徳永さんですが、その原因の一つには、自身の音楽に対する信念があったのだそうです。『輝きながら…』がヒットして以降、「売れるための作品」を求められすぎたと振り返る徳永さん。「売れる楽曲を作ることが、自身が音楽を志した理由ではない」というメッセージを発信するため、発表された楽曲が『壊れかけのRadio』だったと言います。

矛盾や葛藤のなかで生み出された同楽曲は、ある日の朝、徳永さんが目覚めた際に頭の中で詞が出来上がっていたのだそう。実際は7番まであったというエピソードからも、この時の徳永さんが溢れるほどの想いを抱えていたことが分かります。

徳永さんのブログには、まるで何かの歌詞のような詩的な文章が投稿されることもあります。また、これまでの歴史を振り返りながら、こうした楽曲のエピソードが語られることもあります。ブログに綴られている言葉の一つ一つに隠された想いを探ってみると、新たな発見があるかもしれません。

ブログに触れることで見えてくる徳永英明さんの魅力

今回は、徳永英明さんのブログにスポットを当て、その内容やエピソード、交友関係などを、印象的な投稿とともにご紹介しました。

今回ご紹介したブログ内容以外にも、グルメスポットや観光スポットを訪れた際の様子を綴ったり、感銘を受けたドラマや漫画などを紹介したりすることもあります。

文章や写真に秘められた想いを探ることによって、徳永英明さんの新たな一面や魅力に気づかされる瞬間が訪れます。徳永さんが日々を思うままに綴るブログに目を向けてみてはいかがでしょうか。

徳永英明さんに関するその他の記事

コメントお待ちしております

内容に問題がなければ「コメントする」ボタンを押してください。