激動人生から生まれた高橋真梨子が愛を歌う理由が切ない

1978年にソロデビューを果たして以来、今なお多くのファンに支持されつづけるベテラン実力派歌手の高橋真梨子

代表曲「for you…」や「ごめんね…」など恋愛を描く楽曲が多く、それをまた色艶が香る美しい声で歌い上げる姿がとても魅力的で惹きつけられますよね。一人の人間として見ても素晴らしいカッコいい女性だと思います。

でも実は高橋真梨子は大変な苦労人であり努力の人なんですよね。彼女の歌手としての成功の裏にある壮絶な半生が隠されていたのです。

今回はそんな高橋真梨子をもっと知るために、彼女が「愛を歌う理由」について、本人のインタビューも交えながらご紹介していきたいと思います。

高橋真梨子が愛を歌う理由その1「複雑な幼少期」

まず彼女の若い頃の生い立ちに焦点を当ててみましょう。

高橋真梨子が誕生したのは1949年3月6日の広島県・廿日市町(現:廿日市市)でした。この時期の広島というのはまだ戦争の爪あとが深く刻まれたまま、人々が生きていく事に精一杯だった時期ですよね。広島といえば原爆・・・。広島に原子爆弾が投下されたあの1945年8月6日から4年弱しか経っていないような頃だったんです。

そんな戦後の混乱期を過ごしてきた彼女が子供の頃に母親は不倫に走ってしまい、父親からは「芸能界に入っちゃいけない、アイドルみたいなものを目指すな」と言われるなど苦労の連続だったと後に高橋真梨子自身が語っています。

もし歌というものがなかったら「野垂れ死にですね」と彼女が語る姿からは歌に対する想いの深さが感じられますよね。

高橋真梨子が愛を歌う理由その2「辛い時期に愛に助けられた」

1972年には「ペドロ&カプリシャス」にスカウトされ二代目ボーカルとして参加することになります。翌年には「ジョニィへの伝言」などヒット曲が生まれ、同曲でNHK紅白歌合戦に初めて出場する事になりましたよね。

その後「ペドロ&カプリシャス」を脱退後はソロデビューを果たし「桃色吐息」や「遙かな人へ」など多数の名曲を世に送り出しソロでもNHK紅白歌合戦に出場を果たすなど歌手生活を謳歌することになり、幸せな結婚もし順風満帆な人生を過ごしていました。

そんな中である日更年期障害を発症しうつ状態に陥ってしまいます。「私の場合結構重症でしたね」と語る高橋真梨子を支えたのが夫でした。その夫の献身的な支えもあって徐々に回復し、再びステージに立つ事ができたのだそう。

自分が辛い時こそ一番大切なのが周囲の人の愛情。愛に助けられている事を実感する瞬間でもありますよね。

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