サザンオールスターズと「勝手にシンドバット」の誕生秘話

日本の音楽シーンで常にトップに君臨し続けるサザンオールスターズです。

そのサザンオールスターズのデビューシングルってご存知でしたか?と聞いたらサザンオールスターズのファンのみならず日本中から大ブーイングを受けそうですね。

ここでは、サザンオールスターズのデビューシングル「勝手にシンドバット」の誕生秘話や、曲にまつわる隠されたエピソード、さらに当時のサザンオールスターズについてなど、勝手に掘り起こしてみますので、是非お付き合い下さいませ。

「勝手にシンドバット」の誕生

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サザンオールスターズのデビューシングルである「勝手にシンドバット」は、1978年6月にアナログレコードで発売されました。

当時はまだCDが無い頃でしたから、この「勝手にシンドバット」がCD化されたのは曲が発表されてから10年後の事でした。この曲のタイトル「勝手にシンドバット」は、これも皆さんご存知のとおりで、当時ヒットしていた沢田研二の「勝手にしやがれ」とピンクレディーの「渚のシンドバッド」から勝手に?頂いたものでした。でもこの歌の名前を最初に考案したのはドリフターズの志村けんさんでした。

ちなみに「勝手にシンドバット」のB面は、「当たって砕けろ」という曲でした。実はこの「当たって砕けろ」という曲も、ピンクレディを意識したウォンテッドというセリフが後半に仕込まれていました。

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「サザンオールスターズの誕生」

桑田佳祐さんは、神奈川県の烏帽子岩がある海岸近くで生まれ、幼いころから歌が上手く地元ではかなり知られた人気者だったようです。

今はその海岸はサザンビーチと命名されています。桑田さんはお姉さんの影響で中学の頃からビートルズの影響を強く受けビートルズをコピーするバンドを始めたそうです。そして青山学院大学の英文科に進むと、さらに本格的に音楽に没頭するようになっていきました。

ちなみに桑田さんが英文科を専攻した理由は女性が多そうだったからだそうです。そしてその英文科で原由子さんと出会う事になるのです。

サザンオールスターズのメンバーは桑田さんが青山学院大学でバンド活動を展開していった中で徐々に固まっていきました。そしてその流れで1978年に「勝手にシンドバット」でデビューする事になるのでした。

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