JPOP界のトップアーティスト!小田和正の伝説とは?

美しいファルセットボイスでせつない愛を歌い上げる、ミュージシャン小田和正

オフコースとしてのデビューは1969年、そして1979年に「さよなら」でオフコースがメジャーとなり、その後オフコース解散、いわずと知れたソロとして第一線を走り続けるトップアーティストです!

とっても秀才、芸能界屈指の高学歴

生まれは横浜市金沢八景。実家は横浜で手広く展開していた薬局でした。お兄さんと小田和正は、近所でもやんちゃで有名でしたが、秀才としても評判が高かったのです。

小学校は横浜市内にある私立小学校でしたが、別の中学を受験するために、小5で公立小学校に転校しています(通っていた私立小はエスカレーター式の中学部があったため、他の私立中学を受験するには、一度公立に出る必要があったため)。

お兄さんは金川屈指の進学校、栄光中学でしたが、小田和正は聖光学院中学、高校へと進みます。東北大学で建築工学を学び、早稲田大学大学院に進学、建築の研究をつづけながら、アマチュア活動を開始しました。

歌に合わず、意外とべらんめぇ調

あの美しい声からはあまり想像できませんが、トークはべらんめぇ調で、初めて聞いたりすると、軽い眩暈を覚えたりします。そしてちょっとお口が悪いです。正直すぎる性格ゆえなのか、歯に衣を着せない伝説がいっぱいあります。

例えば、数年前にクリスマスの約束という小田和正の歌番組で、客席の妙齢の女性たちに向けて「ババァ」と発言したことに不快感を覚えた視聴者(妙齢の女性)が新聞の投書欄に投稿し、掲載されたことで問題視されました。投書には、ババァを許容できるのは、毒蝮三太夫と綾小路きみまろだけであるとありました。

あのぉ、オクサマ、なぜ小田和正はダメなんでしょうか?と聞きたくなりましたけどね。

数々のヒットドラマを生んだ、あのシナリオライターをもメロメロにするほど

ドラマ「ロングバケーション」「愛していると言ってくれ」「君といた夏」「あすなろ白書」「最後の恋」「素顔のままで」など、数々の名作ドラマを執筆した シナリオライターの北川悦吏子は、筋金入りの小田ファン。

小田和正の音楽を聴いていなかったら、シナリオライターにはなっていないし、このようなドラマは書けなかっただろうとたびたび語っています。

小田和正と交友を持つようになっても、どうしてもファンとスターになってしまうそうで、小田和正の上から目線にも嬉々として反応しているようですね。このシナリオライターの作品とともに90年代をすごした筆者は、そうか、あの名作も小田和正なしては生まれなかったのね、と感慨深く感じるものがあります・・・

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みんなのコメント(コメント:1)

  • どなたが書いたのか分かりませんが、小田さんはファルセット(裏声)ではないでしょう。

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