長渕剛の長髪フォーク時代を哀愁たっぷりに振り返る

長渕剛といえば男の中の男。筋肉でギターを弾き、筋肉で歌う、それはもう男性のあこがれともいうべき存在。

しかしそもそも彼のデビュー当初はフォークソング全盛時代ということもあって、もっとソフトなものでした。

どちらかというと反筋肉ともいうべき優しさにあふれた長髪サラサラの時代もあったのです。

長渕剛・長髪フォーク時代初期の代表曲と言ったらこれ

  • 「巡恋歌」

もともとはヤマハのポプコン(中島みゆき、八神純子、円広志、佐野元春、チャゲ&飛鳥などそうそうたるメンバーを輩出)、長渕剛とかいて「ながぶち ごう」と読ませて「雨の嵐山」でメジャーデビューを果たすが、今ではその事実は伏せられています。

そして正式なデビュー作として公式にも認められているのがこの「巡恋歌」。

実らない恋をアコギ片手にせつせつと歌うこの軟弱至極なナンバーは、今の長渕剛の姿からは遠くかけ離れています。

拓郎ファンに帰れコールをされたこともあった長渕剛の長髪時代

かけ離れているのは音楽性だけではなくて、そのルックスも今とはずいぶん違いました

ストレートのロングヘアーで優しく気弱な笑顔が印象的な、ひょろひょろっとした青年。いかにもフォークシンガーといった佇まいで、女性中心に幅広い人気を得ていたのです。

そんなアイドル性を持った彼だったので、1979年に当時のフォークのカリスマだった吉田拓郎のコンサートに出演した時には「帰れコール」まで巻き起こったとか。まさに屈辱。しかしそのライブでも彼は臆すること無く堂々と歌い、結局のところ大喝采を浴びて、男性ファンにもシッカリ認められたという過去があります。

長渕剛はフォークシンガーとして成り上がり、アイドル歌手と結婚

そして1980年代になるとその人気は過熱し、その人気絶頂の時点で当時これまた人気絶頂だったアイドル歌手の石野真子と結婚します。仲人は吉田拓郎と、当時の妻であるこれまたアイドル歌手の浅田美代子。

ある意味、功成り名遂げてアイドル歌手と結婚という成り上がりの方程式を作り上げた人のひとりだったのです。

ただ1983年になると石野真子と離婚。そこから歌手活動以外に俳優活動を開始、幅広い活動を繰り広げるようになります。

楽曲も男らしさを前面に出してきたのもこの頃から。結局のところその翌年の1984年を最後に、彼はバッサリと髪を切り、イメージチェンジを図ることとなるのです。

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