星野源の知られざる病気との闘いとは

俳優、歌手という二足のわらじで活躍していることで、大きな注目を集めている星野源。みごとに仕事を両立している星野源ですが、その人生には、病気との壮絶な戦いがありました。今回は、芸能界での活動に大きな影響を与えた、星野源の闘病生活について説明します。

俳優、歌手という二足のわらじで活躍していることで、大きな注目を集めている星野源。最近では、大河ドラマの『真田丸』に出演していることもあり、それをきっかけに知ったという人も多いのではないでしょうか。

ユーモラスなキャラクター性を発揮し、みごとに仕事を両立している星野源ですが、その人生には、病気との壮絶な戦いもあったのです。今回は、芸能界での活動に大きな影響を与えた、星野源の闘病生活について説明していきたいと思います。

星野源の知られざる病気との闘い1:30代でくも膜下出血を発症

埼玉県蕨市出身の星野源は、中学生の頃から音楽活動を始めると、並行して俳優活動も開始していくことになります。音楽は、SAKEROCKという、高校の同級生とのインディーズバントが中心で、俳優としてもしばらくは単発のゲストや脇役が多く、下積みといえる期間を過ごしていました。

そんななかでも確実に頭角をあらわしつつあった星野源ですが、2012年末にくも膜下出血を発症。入院により活動の休止を余儀なくされてしまいました。40代、50代で発症しやすいこの病気ですが、星野源は30代で発症。頭部を殴られたような痛みがするだけでなく、命の危険がある病気のため、見て見ぬふりをすることはできなかったのでしょう。

星野源の知られざる病気との闘い2:復帰を果たすも再入院のつらい日々

激痛に悩まされ、眠ることすらできない日々が続いたものの、入院生活の末、2013年に復帰を果たすことになった星野源。しかし、6月の定期検診で経過が思わしくないと診断されて、またもや入院することに。くも膜下出血は、急に症状が出て死に至ってしまうケースもあって、定期検診が欠かせない病気なのです。

闘病生活のなかで、星野源は激痛だけでなく、後遺症による今後の音楽、俳優活動への不安、病気による精神的な消耗から、「早く死んでしまいたい」と考えてしまうほど追い詰められたそうです。テレビや音楽PVで見せる、はじけた表情からは想像できない、つらい日々を送っていたのではないでしょうか。

星野源の知られざる病気との闘い:闘病生活を乗り越え完全復帰

芸能活動に支障がでるほどの闘病生活を送った星野源ですが、復帰後は飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍することになります。もともと音楽、芝居両方でブレイクのきっかけをつかんでいたこともあってか、注目を集めるのは必然だったのかもしれません。

出演映画では、第37回日本アカデミー賞新人俳優賞を筆頭に数々の賞を受賞。2015年に発売したシングル「SUN」はオリコン2位、紅白歌合戦出場も果たします。

病気の面影を見せず、笑顔で人気の星野源

いまや、俳優、アーティストとしてすっかり売れっ子になった星野源。病気のつらさを一切見せることなく、面白いキャラクターで多くのファンに親しまれています。これからも健康面には十分気を付けて、さまざまな面で輝きを放つマルチタレントとして活躍してもらいたいですね。

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