クラシックピアノの偉才、フジコヘミング激動の人生とは?

日本が生んだクラシックピアノの偉才、フジコヘミング。若くして右耳の聴力失いながらもピアノに向かい続けた彼女の演奏は、聴く人が涙を流すほどの魅力を持つといわれています。今回は、そんなフジコヘミングの激動の人生と、彼女にまつわるエピソードをご紹介します。

日本が生んだクラシックピアノの偉才、フジコヘミング。若くして右耳の聴力失いながらもピアノに向かい続けた彼女の演奏は、聴く人が涙を流すほどの魅力を持つといわれています。今回は、そんなフジコヘミングの激動の人生と、彼女にまつわるエピソードをご紹介します。

(出典:公式サイトより)

激動の幼少時代を送ったフジコヘミング

フジコヘミングは、1932年にベルリンで生まれました。父親がロシア系スウェーデン人、母親が日本人というフジコは5歳で来日し、母のすすめでピアノをはじめます。フジコの母が担当したピアノレッスンはとても厳しいものだったそうで、小学3年生の時にピアノの才能を認められたフジコは「ピアノをおもしろいと思ったことは一度もなかった」と話しています。

そんなフジコですが、16歳の時に中耳炎の悪化により右耳の聴力を失ってしまいます。しかしフジコのピアノへの情熱は強く、28歳でヨーロッパへのピアノ留学を果たします。ヨーロッパでは、わずかな仕送りで貧しい暮らしのなか演奏活動を行っていたフジコでしたが、風邪の悪化により、左耳の聴力も失ってしまうことに。せっかくのチャンスを聴力のせいで逃してしまい、また、内に閉じこもってしまったフジコは、海外での生活が非常に苦しい毎日だったとのちに語っていました。

日本への帰国後に遅咲きのブレイクを果たす

母が亡くなり、1995年に日本へ帰国したフジコ。彼女の激動の人生はテレビで放送され、一気に世に名前が知れ渡ることとなります。彼女の演奏は、クラシックファンを中心に話題となり、60歳を過ぎて、ピアニストとして遅咲きのブレイクを果たすこととなりました。

現在、左耳の聴力は40%ほど戻ったというフジコ。数々の困難を乗り越え、一流のピアニストとなった彼女のこれまでの激動の人生がつまった力強いピアノの演奏は、聴く人々を感動させ、涙させるといわれています。

聴く人にパワーをもたらす?フジコヘミングの演奏

聴く人の多くを感動させるフジコヘミングですが、なんと彼女の演奏には、観客にパワーを与えるともいわれています。

首が回らなくなり、医者にも見放されてしまったとある観客が、フジコの演奏した「ラ・カンパネラ」を聴いて首が回るようになった、というエピソードがあるそうです。また、癌を患ったフジコの友人の母親が、演奏会の翌週に退院したという話もあったのだとか。

彼女の演奏を聴いて「生きる気力が湧いた」というファンも多く、彼女の生命力あふれる演奏は、多くの人たちに実際にパワーを与えているのではないでしょうか。

猫好きで庶民的?フジコヘミングの意外なキャラクター

激動の人生を送り、一流のピアニストとなったフジコヘミング。しかし、普段はとても庶民的で親しみやすいキャラクターなのだとか。

テレビはあまり見ないそうですが、水戸黄門は唯一見ていたり、猫好きで30匹ほどの猫を飼っていることなどを、テレビ番組で話しています。数々の名言を持つフジコですが、「あなたにとってピアノとは?」との問いに「猫達を食わせていくための道具ね」と答え、インタビュアーを驚かせたエピソードも有名です。

情熱と優しさ、ふたつの顔を持つフジコヘミング

奇蹟のカンパネラはAmazonでチェック!

激動の人生を送ったフジコヘミング。そんな彼女のデビュー作『ラ・カンパネラ』は、クラシックでは異例の200万セールスを記録することとなります。しかし、ビッグネームになっても、演奏会などで得たお金は子供や動物愛護の団体に寄付をしているというフジコ。型にはまらない演奏スタイルはもちろん、親しみやすく心優しい彼女のキャラクターも、ファンに愛されている秘密なのかもしれません。

5月から日本ツアー開始!フジコヘミングのコンサート情報

5月5日(木)東京オペラシティ公演を皮切りに、コンサートツアーを開始するフジコヘミング。感動とパワーに満ちた彼女の演奏を、この機会にぜひ生で体感してみてください。チケット情報はチケットキャンプ(チケキャン)で。

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