【困難のその先に】フジファブリックのメンバープロフィールと結成秘話に迫る!

フジファブリックは2000年に志村正彦(Vo/Gt)を中心に結成したロックバンドです。和情緒があふれるキャッチーなメロディと変幻自在なサウンドで人気を呼び、2004年にシングル「桜の季節」でメジャー・デビュー。2009年12月に志村が急逝するも、その後は山内総一郎(Vo/Gt)、金澤ダイスケ(Key)、加藤慎一(Ba)の3人体制で活動を継続しています。2014年にはバンド史上初となる単独での日本武道館公演を達成。そんなフジファブリックのバンドメンバーとプロフィール、結成秘話などを紹介します。今や大人気バンド、フジファブリックですが、困難を乗り越えたメンバープロフィールに迫ります!

『フジファブリック』のメンバー一覧とプロフィールを徹底紹介!

『フジファブリック』は山梨県から上京してきた志村正彦さん(Vo/Gt)を中心に2000年結成された日本のロックバンドです。
都内を中心にライヴ活動を開始し、2002年に1stミニアルバム「アラカルト」でデビュー。
さらに2004年に1stシングル「桜の季節」でメジャーデビュー。
その後10枚のシングル、4枚のアルバムをリリースしましたが2009年12月24日にフロントマンの志村正彦さん(Vo/Gt)が急逝。
5thアルバム「MUSIC」のリリースとともに山内総一郎さん(Vo/Gt)、金澤ダイスケさん(Key)、加藤慎一さん(Ba)の3人体制でフジファブリックで音楽活動を継続していくことを発表。
この発表は遺されたフジファブリックファンにとって非常に嬉しい発表でした。

その後現在に至るまで8枚のシングル、4枚のアルバムをリリースし毎年何十本ものLIVEを行ない、非常に精力的な活動しています。
さらに2018年2月3日(土)に神奈川県・横浜BAY HALLを皮切りに全16本からなる、2018年全国ツアーを開催することが決定しています。
タイトルは「フジファブリック LIVE TOUR 2018 “帰ってきた!!三日月ADVENTURE”」。
2016年初夏に行い好評を得た三日月ADVENTUREツアーがカムバックします!
今回はそんな『フジファブリック』のメンバー一覧、プロフィール、結成秘話など徹底的にご紹介していきたいと思います!
是非フジファブリックファンの方も、そうでない方も最後まで読んでみてください。

『フジファブリック』のメンバー一覧とプロフィール

まずはメンバー一覧とプロフィールについてご紹介します!

(現メンバー)

山内総一郎(やまうち そういちろう)

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【担当】

Vo/Gt

【生年月日】

1981年10月25日

【血液型】

B型

【身長】

178.5㎝

【出身地】

大阪府茨木市

【影響を受けたアーティスト】

特定のギターヒーローに憧れてギターを始めたわけではなかったそうですが、ビートルズの影響は少なからず受け ていたみたいです。

【備考】

メンバー内では唯一関西弁を話し、非常に落ち着いた人当たりのいい優しい話し方をします。

彼がギターを始めたキッカケは高校入学くらいの頃、元々山内さんのお父様はコピーバンドをやっており、いろいろな楽器が家にあったそうです。ある日、押入れの奥にあったギターを引っ張り出してきて、お父様にチューニングを教えてもらって”G”のコードを弾いた時に衝撃が走ったのがキッカケだそうです。

フジファブリックには2003年8月にサポートとして入り、2004年1月に正式加入しました。現メンバーの中では一番遅くフジファブリックに加入しています。

初期はFender Telecaster Custom(ナチュラルカラー)を主に使用していました。さらに2ndアルバム「FAB FOX」内収録の「地平線を越えて」7thシングルの「蒼い鳥」3rdアルバム「TEENAGER」内収録の「ペダル」ではダブルネックギターのギブソン・EDS-1275を使用していました。2009年のデビュー5周年ツアー「GoGoGoGoGoooood!!!!!」ではジャズマスターをメインで使用し、半音下げの楽曲ではテレキャスター・カスタムを使用していました。現在はトレードマークにもなっっている赤色のFender Stratocasterを主に使用しています。このギターは指盤がハカランダ製(材木)で、モノノケハカランダのルーツとなりました。さらに2016年には世界で最も有名なギター・メーカーであるフェンダー社とエンドースメント契約を結び、名実ともに日本を代表するギタリストとなりました。

フジファブリックで、志村さん在籍時に製作された2ndアルバム「FAB FOX」内収録の「水飴と綿飴」、9thシングル「パッション・フルーツ」のカップリングである「スパイダーとバレリーナ」「Cheese Burger」、3rdアルバム「TEENAGER」内収録の「記念写真」「B.O.I.P.」「まばたき」は彼が作曲したものです。3人体制となってからは多くの作曲を手がけるようになりました。5thアルバム「MUSIC」内収録の「会いに」「Mirror」ではボーカルを務めており、6thアルバム「STAR」以降はリードボーカルを担当しています。

金澤ダイスケ(かなざわ だいすけ)

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【担当】

Key/Cho

【生年月日】

1980年2月9日

【血液型】

O型

【身長】

162~164㎝

【出身地】

茨城県久慈郡大子町出身

【学歴】

青山学院大学中退

【影響を受けたアーティスト】

中学の頃にテレビで見たLed Zeppelin。(Led Zeppelinの)ギターのジミー・ペイジを見て、凄いカッコいいと思い「自分もギターをやろう!」と音楽を始めたそうです。

【備考】

学生時代は吹奏楽部の部長をしており、2007年に行われた「サーファーキドリツアー」にて「Surfer King」のトランペットパートを演奏していました。

小学校中学年の頃に金澤さんの妹さんがピアノ教室に通うのに便乗する形でピアノを習い始めたという。元々は上記のとおりギタリスト志望であったが、中学時代にテレビですかんち(ROLLYを中心としたロックバンド)のキーボディストである小川文明さんのプレイを見たことがキッカケでキーボードを始めたとか。

フジファブリックには2002年12月にサポートとして入り、2003年1月に正式加入しました。彼はフジファブリックの初期からバンドにいたではないため、フジファブリックで初めて聴いた曲が「茜色の夕日」だったそう。耳コピで覚えてバンドで合わせてって所からスタートしてたため、彼にとってはこの「茜色に夕日」はスタートの曲なんだとか。

加藤慎一(かとう しんいち)

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【担当】

Ba/Cho

【生年月日】

1980年8月2日

【血液型】

O型

【身長】

172㎝

【出身地】

石川県金沢市出身

【備考】

かつて、俳優のつるの剛士さんが中心のバンド、太陽の衝動(2002年結成2004年活動休止)に参加していました。AMEMIYAの代表曲「冷やし中華はじめました」のレコーディングにも参加しています。

インディーズ時代から現在まで、ライブやアーティスト写真などでは帽子を着用していることが殆どである。太陽の衝動に在籍していた頃は、帽子を着けずスキンヘッド姿でライブに出ていたこともあります。

志村在籍時に10thシングル「若者のすべて」に収録されている「熊の惑星」の作曲を手がけ、3人体制になってからも6thアルバム「STAR」内収録の「アイランド」などの作曲を担当。作詞でも、5thアルバム「MUSIC」内収録の「会いに」で初の作詞を担当してからは、メンバーとの共作を中心に作詞をする機会が増えています。2010年に行われたライブ「フジファブリック presents フジフジ富士Q」でくるり(日本のロックバンド)がゲストボーカルとして出演した際、岸田繁さん(くるりのVo/Gt)からの指名でベースではなくギターを担当していました。

(メンバー)

志村正彦(しむら まさひこ)

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【担当】

Vo/Gt

【生年月日】

1980年7月10日

【血液型】

A型

【身長】

172㎝

【出身地】

山梨県富士吉田市出身。山梨県立吉田高等学校卒業。

【影響を受けたアーティスト】

奥田民生、オリゾン、Sheryl  Crow、Led Zeppelin、AC/DC、Black Sabbath、King Crimson、Creamなど

【備考】

生前はフジファブリック大半の楽曲の作詞、作曲を担当していました。

メインギターはHONEY HAPPENING Fender Telecaster ’68(クリームイエロー)とGibson Les Paul Custom(黒)/(赤)であり、その他Fender Stratocaster(黒)/(タバコサンバースト)、Fender Mustang、Gibson Les Paul Special’07(イエロー)などのギターを使用していました。

中3まで野球少年だった志村さんは、シライ君という同級生に対して「自分は野球でこの人に絶対敵わない」という挫折を味わい、野球を辞めます。その後、友達の紹介で奥田民生さんのLIVEに行くことになり、そこで奥田民生さんにハマりさらに音楽そのものに興味を持ち始めたという。

志村さんの音楽の方向性を決めた理由の一つとして「失恋」がありました。高校3年生の時初恋の女性とお付き合いしたがわずか1ヶ月で振られてしまったそうです。ちなみにその女性のチャームポイントであった唇が2ndアルバム「FAB FOX」内収録曲の「唇のソレ」のモチーフになったとか。その挫折を持ったまま上京して「茜色の夕日」という楽曲が作られたそうです。

氣志團のメンバーは働いていたライブハウスのバイトの先輩だったそうで、フジファブリック現マネージャーがライブに観に来てくれたことでメジャーデビューにつながったとか。

2009年12月24日に逝去。死因は「病名不詳」とのみ公式発表されています。しかし3人体制となって発表されたアルバム6thアルバム「STAR」以降も、ブックレットにはメンバーの1人としてクレジットされています。公式ウェブでも2011年12月までメンバーとして表記されていましたが、現在は表記されていません。

渡辺平蔵(わたなべ へいぞう)

担当:Ba

2000年の結成時に加入。2001年8月に脱退。

小俣梓司(おまた しんじ)

担当:Key

2000年の結成時に加入。2001年8月に脱退。

渡辺隆之(わたなべ たかゆき)

担当:Dr

2000年の結成時に加入。2003年9月に脱退。

 

萩原彰人(はぎわら あきら)

担当:Gt

2001年に加入。2002年8月に脱退。

加藤雄一(かとう ゆういち)

担当:Ba

2001年に加入。2002年8月に脱退。

田所幸子(たどころ さちこ)

担当:Key

2001年に加入。2002年12月に脱退。

足立房文(あだち ふさふみ)

担当:Dr

生年月日1980年5月14日、東京都足立区出身。2004年に加入。メジャーデビュー時のメンバーです。2006年3月27日に脱退。Marvelousを経て、現在はバンド、MeriseSで活動。

『フジファブリック』の結成秘話とバンド名の由来!

次に『フジファブリック』の結成秘話とバンド名の由来についてご紹介させていただきます!

フジファブリックは、志村正彦さん(Vo/Gt)が高校でコピーバンドを組んだのが始まりです。
まず友人と4人でコピーバンドを結成(2000年4月~2001年8月)

この頃はバンド名が富士ファブリック。バンド名の由来は、メンバーの渡辺隆之さん(Dr)の実家が営んでいる繊維業の会社名「富士ファブリック」からだそうです。

進学のために志村さんと渡辺さん(二人とも結成当初からのメンバー)以外が脱退することになり、解散。プロ志向のメンバーを集めて再結成。しかし萩原彰人さん(Gt)と加藤雄一さん(Ba)は別バンドを組むため脱退。田所幸子(Key)もバンドを脱退。(2001年9月 – 2002年12月)

その後、現在のメンバーである金澤ダイスケさん(Key)と、その知り合いの加藤慎一さん(Ba)が加入。その後サポートメンバーとして山内総一郎(現Vo/Gt)が加入。その後、持病の悪化により結成以来のメンバーであった渡辺さんが脱退。前ドラムの足立房文さんがサポートメンバーとして加入。のちにこの二人は正式に加入。(2003年1月 – 2006年3月)

2006年3月、足立が脱退。その後は4人で活動。

2009年12月、志村が自宅で急逝。その後山内さんをVo/Gtに据えて活動を存続。現在に至ります。

『フジファブリック』の今後の活動からも目が離せない!

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さて、『フジファブリック』のメンバー一覧やプロフィール、結成秘話やバンド名の由来について紹介しました。
困難を乗り越えてきたフジファブリックだからこそ奏でられる音があるのではないでしょうか。
音楽が繋いでくれた思いを胸に、皆さんもぜひライブに足を運んでみてください。
フジファブリックは今日も素敵な音を響かせてくれるでしょう。

ファンの声

志村さんの訃報後にリリースされた5thアルバム「MUSIC」を発売初日の2010年7月28日に購入はさせていただいたのですが、約2か月間ほどそのアルバムを聴くことが出来ませんでした。
『フジファブリック』は何か大きな”モノ”を落としてしまったのでは、もうこのピースは埋められないものだ、と自分勝手ながらに『フジファブリック』を拒否していました。
しかし、やっとまともに聴ける状態になり「MUSIC」を聴きました。
未だに若干の拒否反応を起こしながらも聴き続けるとM-7の「会いに」という3人体制で作られた曲にぶつかりました。
そしてこう思いました―「どうして『フジファブリック』のメンバーは前進しているのにファンが立ち止まっているんだろう?」と。
山内さんのVo、加藤の詩が非常に良かったのはもちろんでしたが、新しい体制で走り出した3人のエネルギーが、これほどまでに強く感じられる楽曲に感謝をしました。
そして「志村さんが遺した楽曲を、何が何でも世に出す」というメンバーの強い意志を、全ての楽曲から感じる事が出来る、新生フジファブリックと言ってしまうのはちょっと違う、これからの『フジファブリック』渾身のアルバムが完成したという事がこのアルバムの最大の価値だと感じました。
志村さんが作り上げて来た世界観と、これからの『フジファブリック』の息吹を同時に感じる事が出来る、唯一無二のアルバムです。
現在のフジファブリックは本当に精力的な活動をしており空から志村さんが嫉妬してしまっているんではないかと思うほどバンド『フジファブリック』は大きな、素晴らしいバンドになっています。
これからの『フジファブリック』にも志村さんが遺していってくれた『フジファブリック』にも目が離せません。

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