世界一華麗&セレブな経歴!ジャスティンビーバーのプロフィールを改めて復習

世界中誰もが認めるスーパーアイドル、ジャスティン・ビーバー。今や世界中に「ビリーバー(※ビーバーをもじった、熱心なファンの総称)」を抱えるジャスティンですが、やんちゃなゴシップばかりが取りざたされて、プロフィールは意外と知られていないかもしれません。ここでは、彼のプロフィールを今一度振り返り、ちまたにあふれるジャスティンの噂の真偽についても検証していきましょう。ジャスティンが、アイドルになるべくしてなった存在だということがわかるはず!

世界中誰もが認めるスーパーアイドル、ジャスティン・ビーバー

今や世界中に「ビリーバー」を抱えるジャスティンですが、熱心なビリーバーであっても彼の経歴を詳細に知っているという方は少ないのではないでしょうか。

今回はジャスティン・ビーバーの文字通り華麗なる経歴を今一度復習した上で、巷にあふれるジャスティンに関する噂のウソ・ホントについても見ていきたいと思います。

ジャスティンビーバーのスター街道はYoutubeから始まった

今でこそ世界で知らない人は居ないジャスティン・ビーバーですが、2008年以前には彼のことを知っているという人はまず居らず、ジャスティンはカナダの平凡な母子家庭の子供に過ぎませんでした。

ジャスティンの運命が変わり始めたのは2007年。彼は地元ストラトフォードのパフォーマーコンテストでNe-Yoの「So Sick」を歌って準優勝に輝きました。ジャスティンの快挙を親族に知らせるべく、母パティはYoutubeにコンテストの模様を撮影した動画を投稿。この動画こそが、ジャスティンがスーパーアイドルの階段を登っていく1段目となったのです。

この動画はYoutube内で話題になり、ジャスティンの圧倒的な歌唱力と甘いルックスにやられた元祖「ビリーバー」たちを中心にジャスティンの動画はひそかな人気を集め始めていました。そして動画は音楽関係者の目にも留まるようになり、So So Def Recordsマーケティング担当役員のスクーター・ブラウンが、ジャスティンの才能を認めます。

彼女はジャスティンの母パティと契約交渉を行い、ジャスティンをアトランタへ連れ出します。アトランタでブラウンと友人である大物ラッパー、アッシャーの前で歌を披露したジャスティンは二人に一瞬で気に入られ、シングル「One Time」で世界デビューをすることが決定したのです。

超高速で世界一のスーパーアイドルになったジャスティンビーバー!

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世界デビュー決定後からのジャスティンは、誰も予想だにしなかったスピードで世界一のスーパーアイドルとなっていきました。デビューシングルは世界中で大成功をおさめ、デビューアルバム「My World」もアメリカでプラチナディスクに、カナダとイギリスでダブルプラチナディスクとなるなど、世界規模での大ヒット作となりました。

2009年12月には、バラク・オバマ夫妻の前でスティービー・ワンダーの「Someday at Christmas」を歌い、音楽にさほど興味のない層にもジャスティンの名前は知れ渡りました。その影響もあり、翌年にリリースされた「My World 2.0」は前作を上回る大ヒット。

ジャスティンはデビューから1年あまりで世界の音楽シーンで最も重要なアーティストとなり、同時に世界中の10代の女の子たちを虜にする世界一のスーパーアイドルとなったのです。

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