絆は永遠に!山下達郎と師匠・大滝詠一の熱いつながりに迫る

2015年、デビュー40周年を迎えた山下達郎。

山下達郎の音楽活動は、師匠・大滝詠一との出会いで大きく変わりました。大滝のレコードレーベルで山下がデビューする前、山下は食べていくのが大変な時期もありました。

ここでは、山下達郎と大滝詠一の出会いから、ラジオでの共演、大滝さんが亡くなってからのことまで、簡単に振り返ってみたいと思います。

山下達郎と大滝詠一の出会いは

日本の音楽界の王様、山下達郎と大滝詠一の出会いはこんなことからでした。山下が大貫妙子らとともに結成するシュガー・ベイブの活動の前に制作した自主制作アルバムを、伊藤銀次が大滝に紹介したことからでした。

シュガー・ベイブは1973年に結成。同年9月、大滝が所属していた「はっぴいえんど」のラストコンサートに、シュガー・ベイブはコーラスとして参加しました。

1974年、シュガー・ベイブは大滝が主催していたナイアガラレーベルに所属することが決定しました。ナイアガラというのは、北米にある「大滝」、ナイアガラの滝に由来しています。

1976年に発表された「Niagara Triangle Vol.1」は、大滝、山下、伊藤による師弟コラボです。

大滝詠一、山下達郎のラジオ番組で「新春放談」

その後も大滝と山下の付き合いは続きます。メディア嫌いだった大滝詠一、数少ないメディア出演は、ラジオでレギュラーを続ける山下達郎の冠番組でのことでした。

毎年1月、テレビの「時事放談」をもじった「新春放談」というタイトルで、山下達郎は大滝詠一をゲストに迎え、語り合いました。NHK-FMの「サウンドストリート」からTOKYO FM「サンデー・ソングブック」に引き継がれ、26年も続きました。

大滝が前年、何をしていたのか、動向については山下も知らない部分が多く、「どうだったか」という近況報告から始まりました。もちろん、曲もいろいろ流れました。

新春放談は2012年に終了しましたが、今でも根強いファンがいます。当時の音声を繰り返し聴いたり、書籍化を希望する人たちも。

山下達郎は大滝詠一亡き後も大滝さんへの熱い思いを語る

大滝詠一の「ナイアガラレーベル」からシュガー・ベイブのアルバム「SONGS」、シングル「DOWN TOWN」が発表され、2015年で40年が経ちました。8/5(水)には、「SONGS」のリマスター盤「SONGS -40th Anniversary Ultimate Edition- Double CD」が発売されました。

山下達郎にとって、5つ年上の兄のような存在だった大滝詠一が急死したのが2013年12月。「SONGS」が発売された1975年は、大滝と山下は毎日のように顔を合わせて仕事をしていた時期。リマスター盤は、大滝の思いを自分のできる範囲で受け継ぐという気持ちがこもった1枚です。

山下が大滝やナイアガラレーベルに対する思いを語ったのは、やはりラジオでのこと。8/8(土)深夜に放送されたNHK-FMの特番「山下達郎、シュガー・ベイブを語る」でのことでした。

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