Sean Paulの華麗なるプロフィールとエピソードをご紹介!

ダンスホール・レゲエの帝王と称され、世界中のクラブシーンを席巻したジャマイカ発のスーパースターSean Paul(ショーン・ポール)。

とにかくノリが良いアゲアゲな楽曲が多く、クラブミュージック好きな方は特にその名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか?

ヒップホップに影響されたレゲエが特徴ですが最近ではエレクトロなサウンドも多彩に取り入れて、常に時代にノッている楽曲を発表し進化を続けています。

今回はそんなSean Paulの華麗なプロフィールをご紹介させていただきたいと思います!

ジャマイカから世界を席巻したSean Paulのプロフィール

Sean Paulは「カリブ」&「ポルトガル」にルーツを持つ父、「中国」&「イギリス」にルーツを持つ母の元でジャマイカにて出生しました。出生からしてグローバルですが、様々なジャンルが織り交ぜられたSeanの音楽的ルーツはここにもあるのかもしれません。

Seanの名がまずジャマイカで知られるきっかけとなった曲が「Infiltrate」です。この曲はヒップホップに影響されたレゲエの新しいスタイルとして受け入れられジャマイカで大ヒットしました。

2000年にファーストアルバムとなる「Stage One」でデビュー。このアルバムには「Infiltrate」も収録されており、まだまだ世界的には知られていなかったものの、その後の爆発的なヒットの礎として注目を浴びるようになるきっかけの作品となりました。

Sean Paul「Dutty Rock」が大ヒットを記録&ブレイク

2002年にリリースされたセカンド・アルバム「Dutty Rock」でSean Paulは世界にその名を轟かせる存在となりました。「ダンスホール・レゲエ界の帝王」と呼ばれる所以となったのが、この作品と言えるでしょう。

「Dutty Rock」は全米No.1を記録した「Get Busy」や全米7位を記録した「Gimme The Light」も収録されており、全世界の総売り上げが600万枚に達しています。これはジャマイカ出身のアーティストでジャマイカ録音作品としては初めてとなる快挙でした。

またこのアルバムの大ヒット以降から「Baby Boy」ではビヨンセと、「Break It Off」ではリアーナとコラボするなど、他の著名アーティストとの活動も含めてダンス・シーンを席巻するようになります。

このように精力的に活動をし、進化し続けることで帝王と呼ばれる確固たる地位を築いていきました。

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