デビュー8周年!FTISLANDのデビューから今までの軌跡を辿る

今年デビュー8周年を迎えたFTISLAND

力強いステージングが魅力の彼らのライブは韓国だけでなく日本でも絶大な人気を誇り、来日公演は即ソールドアウトになるなど、毎回話題を集めています。

また、俳優としてドラマや映画に出演したり、バラエティなどにも出演し、個人での活動も多忙なFISLANDのメンバー。日本でもNHKの「ハングル語講座」のレギュラーとして、K-POPファンだけでなく、お茶の間でもおなじみとなりました。

そんな大人気のFTISLANDですが、デビューまで様々なことがありました。今回は、日本での下積み時代から、トップアーティストとなった現在まで彼らの軌跡をたどっていきたいと思います。

日本でインディーズデビューしたFTISLAND、日本での生活は苦労の連続だった

FTISLANDは韓国で、2007年6月にFNCエンターテイメントからデビューしました。当時まだ高校生だったメンバーたちはイケメンバンドアイドルとして瞬く間に人気に。人気ドラマに楽曲が使われるなど、新人としては順調な滑り出しを見せ、音楽賞を多数取るなど、高校生ながらにすでにトップアイドルへ足を踏み入れようとしていました。

しかしデビュー3か月後の9月、FTISLANDのメンバーは人気絶頂の中、活動を日本へ移します。様々な音楽の可能性を試したいというFTISLANDのメンバーたちは、韓国ではすでに人気を確立しているにも関わらず、日本ではインディーズバンドとして活動することを選びました。

当時は日本での韓流ブームはあったものの、ドラマの人気ばかりで、K-POPという言葉もないくらい、韓国の音楽に関してはほぼ土壌がない環境でのスタート。小さなライブハウスで観客40人ほどの前で演奏するも、誰も自分たちを知らず、盛り上がりもイマイチ。言葉もほとんど分からず、ホームシックにかかるメンバーも。当時の状況をメンバーは「本当につらかった」と今でも話します。

しかし、そんな状況の中でも彼らは積極的にライブハウスやクラブをまわり、日本のインディーズバンドたちと、アイドルではなくミュージシャンとしてステージをこなしました。そして、一つの小さな発見をします。

それは、韓国ではスタッフたちが身の回りのことやアーティストとしての活動を全てサポートしてくれるが、日本ではステージのブッキングから告知、そして楽器のセッティング、スケジュール調整など全て自分たちでしないといけない、ということでした。

彼らはそれ以降、今まで経験したことのないレコーディングやプロデュースなどを一から学び、インディーズレーベルからリリースするまでにこぎつけました。また、地道な努力が実を結んだのか、次第に口コミで彼らのステージが素晴らしいと評判を呼び、ファンも着実に増え、FTISLANDのステージを見るために多くのファンがライブハウスに足を運ぶようになりました。

FTISLAND、2011年に日本で念願のメジャーデビュー、スターダムの道へ

2年間の日本での地道な活動が実を結び、日本でのインディーズデビューを果たしたFTISLAND。日本で身に付けた自信と共に2008年韓国へ戻ります。

しかし2年の歳月と言うものは皮肉なもの。デビュー当初の人気は韓国ではすでに衰え、状況は変化していました。この状況にメンバーたちも自信を失い「本当に終わりだと思った」と後にインタビューで語っています。

そんなある日、日本のレコード会社からメジャーデビューの話が舞い込みます。日本での活動が実った瞬間です。その後日本でワーナージャパンから10枚以上のアルバムをリリースし、見事オリコンチャート1位に輝きました

また、日本で大型ロックフェスのヘッドライナーを務めるなど、アイドルバンドとしてのFTISLANDではなく、トップアーティストとしてのFTISLANDとして成長した彼らの姿に、インディーズ時代から応援してきたファンや、新たなファンたちからも注目を集めました。この日本での活動でメンバー間の結束もより強くなり、その自信は韓国での活動でも活かされるようになってきます。

Kぽペンにシェアして教える!

コメントお待ちしております

※内容に問題なければ、「コメントする」ボタンを押してください。