小坂 忠は1966年にバンド「ザ・フローラル」を結成し1968年にボーカルとしてデビューを果たした。その後、細野晴臣、松本 隆らを新たにメンバーとして加え「エイプリルフール」を結成。オリジナルの曲を英語で歌うバンドになっていくこととなる。その後ロック・ミュージカル「ヘアー」の主演に抜擢されると、別のバンドを組むこととなった細野晴臣らとは事実上分かれることとなる。1971年にソロアルバム「ありがとう」をリリース。松任谷正隆、後藤次利らと「小坂忠とフォージョー・ハーフ」(四畳半)を結成した。この様に錚々たるメンバーとの活動、そして数々の意欲的な発表作はその後数多くのミュージシャンに影響を与えたと言われている。

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小坂 忠について

小坂 忠の魅力とは

数々の小坂 忠の活動の中でも最も音楽界に影響を与えたとされるのが「小坂忠とフォージョー・ハーフ」を解散した後に発表した「HORO」(ほうろう)。
このアルバムの演奏は「ティン・パン・アレー」が担当している。「ティン・パン・アレー」は細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆からなる音楽ユニット。これに加え演奏に矢野顕子、コーラスに山下達郎など当時若手であったとはいえ、今では考えられない様な凄まじいメンバーの力の結集したアルバムとなった。
この「HORO」は日本におけるソウルミュージック、R&Bの元祖として後々のミュージシャン達のバイブルとなっていった。収録の中での代表曲は「しらけちまうぜ」で、作詩を松本隆、作曲を細野晴臣、編曲を細野晴臣&矢野誠が担当。この曲は後に小沢健二と東京スカパラダイスオーケストラとの共演でカバーされ話題となった。
小坂 忠自身この「HORO」で自分のスタイルが確立され新たなスタートを切れたと語っている。
その後自身の娘が大火傷から回復するという出来事をきっかけにクリスチャンになりゴスペル・シンガーとしての道を歩み始める。1991年には埼玉県所沢市の秋津福音教会の牧師になり新たな人生のスタートを切っている。

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