意外?感動?苦労を乗り越えてきたTOKIOの成長物語☆懐かしエピソード大放出!

ジャニーズのバンドグループとして大活躍、いまや民放で一番視聴率がとれるグループといっていいTOKIO。体を張った大冒険で、子供からお年寄りまで大人気です。そんなTOKIO兄貴たちにも、もちろんジュニア時代はありました。苦労に苦労を重ねて現在の地位まで上り詰めたメンバーの、なつかしのエピソードを今回は大放出しちゃいます。

意外なジュニア時代…DANCE TOKIOとして活躍!バンドなのであまり踊っているイメージはないTOKIO。でも、ジュニアですからとーぜん!踊っていました。実は彼ら、ジュニアの頃は「DANCE TOKIO」という名前だったんです。

当時のスーパースター光GENJI、少年隊、マッチなどのバックで、華麗なるダンスを披露してくれています。Mステで踊ったこともありますし、コンサートでのバックダンサーをつとめたこともあります。ダンスの練習に明け暮れていたジュニア時代。長瀬君が入所した頃は、城島リーダーがセンターで踊っていたんですよ♪意外でしょ!

松岡少年、バンドTOKIOでフライパンと鍋を叩いて修行する

ジュニア時代は、前述のDANCE TOKIOのほかに、城島くん&山口くんの「バンドTOKIO」としても活躍していました。そこに加入した幼き日の松岡くん。担当はもちろんドラム。でもお金がなくってドラムセットなんて買えません…。

そんな松岡少年は、雑誌をビニールテープでくくったり、フライパンや鍋を上からつるしてドラムスティックでたたき、「TOKIO」のドラマーとしての練習を重ねていたのです。今のワイルドなスティックさばきは、フライパンや鍋が生み出したのです!

そして、松岡少年は、城島くん&山口くんからこっそりとメトロノームをプレゼントされて感激したとか。こんなジュニア時代にタイムスリップして、ニコニコ眺めたいですね!

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