ジャニーズの伝説。森田剛×三宅健”剛健コンビ”の仲良しエピソードまとめ

ジャニーズJr時代から"剛健コンビ"として爆発的な人気御誇る、V6の森田剛君と三宅健君。V6としてデビューした後も、ファンの間では"剛健コンビ"として愛されています。今回は、そんな2人の「伝説エピソード」をまとめました♡

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  • ジャニーズの伝説と言われている”剛健コンビ”

    剛健コンビ
    (出典:無料写真素材ACより)

    ジャニーズJr.時代から、剛健コンビとしてファンから愛されていた、V6の森田剛君と三宅健君。デビュー後、20年以上たった今でも、2人のコンビ仲は健在です!今回は、剛健コンビの出会い、デビュー秘話など、詳しくご紹介いたします。

    森田剛×三宅健 “剛健コンビ”初対面エピソード

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    2人の出会いは、1994年。初めて会ったのは、テレ朝のリハーサル室だったそうです。ジャニーさんといっしょに、ナイキの紫のシャカシャカジャージ上下を着てリハーサル室に入ってきた三宅健君。その姿を見て、「何かあったま悪そうな・・・子供が来たなーと思った」と、三宅健君のラジオにゲスト出演した森田剛君が、「この時のことはすごく覚えている」と、当時を振り返って愛情たっぷりに話しています。

    その後、合宿所で初めてちゃんと話したという2人。いっしょにゲームをしていたときに、三宅健君が「何年?」と森田剛君に聞いたところ、ぶっきらぼうに「(中学)3年」という返答が。当時から小柄だった森田剛君を見て、三宅健君は「小学校3年生」だと勘違いしたそうです。

    この時、三宅健君は中学2年生だったことから、森田剛君を年下だと判断し、”剛”と呼び捨てにするようになったそうです。未だに、2人の初対面エピソードの話になると、森田剛君は「お前が中2の時、俺は中3だった!」と先輩風を吹かせています。

    ジャニーズJr.初の単独コンでセンターを務めた”剛健コンビ”

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    当時、ジャニーズJrの中でも絶大な人気を集めていた”剛健コンビ”。剛健コンビは、事務所入所~V6としてデビューするまでのわずかな期間で、ジャニーズJr.の基盤を作り上げた2人だと、今でもファンの間では語り継がれています。

    今では、ジャニーズJr.内でもグループが組まれ、単独コンサートや舞台などに出演するのが当たり前になっていますが、当時は、ジャニーズJr.=研究生というイメージが強かったそうです。

    1995年、ジャニーズJr.初の単独コンサートを新高輪プリンスホテル飛天の間で開催したときに、メインを務めたのが剛健コンビです。「剛健コンビが、今までのジャニーズJr.のイメージ(研究生)を払拭し、ジュニアというブランドを確立した」と、岡田准一君がラジオ番組に出演したときに語っています。

    その後、滝沢秀明君を筆頭とした、ジャニーズJr.黄金期が訪れます。

    未だに泣ける。剛健コンビのV6デビュー秘話

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    デビュー前、ジャニーさんから「V6やらない?」と言われた、三宅健君。「剛は入らないの?」と聞くと、ジャニーさんからは「入らない」という返答があったそうです。これを聞いて、三宅健君は「(剛がいないなら)やりたくない」と、V6としてデビューすることを断ります。この、三宅健君の一言をきっかけに、森田剛君もV6としてデビューすることが決定しました!

    V6デビュー20周年を迎える直前、2014年にV6としてテレビ番組に出演したときに語られた、この「V6デビュー秘話」に、多くのVクラさんが胸を打たれました。テレビ番組放送後、三宅健君のラジオ番組で、この件に関する補足が語られました。デビュー後18年間、今まで1度も語られることがなかった、V6デビューに隠された剛健エピソードですが、これにはまだ、続きがあります。

    「(剛がいないなら)やりたくない」とジャニーさんに告げた時に、「お前、剛が(V6に)入っちゃったら、1番になれないじゃない。それでもいいわけ?」と、聞かれたそうです。当時、ジャニーズJr.の中でも、剛健コンビは1位2位の人気を争っている仲であり、森田剛君のカリスマ性に、多くのファンがついていました。ジャニーさんからそう聞かれたときに、三宅健君は即答で「それでもいいから、森田剛君を入れてほしい」と交渉したそうです。

    このとき、自分自身がグループ内でいちばん人気になるよりも、グループ全体の人気を考えたときに、「ここであいつ(剛)がいなかったら、(V6としてデビューしても)まずいと思った」と語っています。当時、三宅健君は15歳、中学3年生です。この年齢で、個人的なことよりも、グループのことを考えられる頭の回転の良さは、このころから持ち合わせていたようです。

    三宅健君本人は、このエピソードを公にするつもりはなく、「墓場まで持っていくつもりだった」と、ラジオで語っていました。

    剛健コンビ×岡田准一君のエピソードまとめ

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    V6デビュー後「Coming Century(カミセン)」としてに人気を博した、V6の年下グループ、森田剛君、三宅健君、岡田准一君。岡田准一君は、今や日本アカデミー賞を受賞するほど、その演技が認められています。

    岡田准一君が出場したオーディションの審査員を務めた”剛健コンビ”

    1985年4月から1996年10まで、日本テレビ系列ほかで放送されていたバラエティ番組「天才たけしの元気が出るテレビ」。この番組の中の「元気が出るジャニーズ予備校」のオーディションがきっかけで、ジャニーズ入りを果たした岡田准一君。当時、剛健コンビやキンキキッズがオーディションの審査員を務めていたそです。

    V6でデビューした後に、剛健コンビから「お前に票入れたよ」と言われたと、岡田准一君が後に語っています。

    岡田准一君が上京したあと、お世話をしてあげた”剛健コンビ”

    当時、大阪に住んでいた岡田准一君は、ジャニーズ事務所の入所をきっかけに上京し、合宿所(東京)での生活がスタートします。当時、リュックサックにドライヤーだけを入れて上京した岡田准一君。上京したてで、お金もなく、知り合いもいなかった岡田准一君に、パンツやテレホンカードをあげたり、「トイレ流せよ!」「納豆食えよ!」と気にかけてあげたり、洗濯してあげていたのが三宅健君です。岡田准一君は、許可がなくても、勝手に三宅健君のパンツをはいていたということも有名な話です。

    また、岡田准一君と夜食を作りあったり、寝ている岡田准一君にパンやお菓子を食べさせて遊んでいたのが、森田剛君。ジャニーズに入るまで、全くダンス経験がなかった岡田准一君に、粘り強くダンスを教えてあげていたのも、剛健コンビです。

    あるテレビ番組で、三宅健君が岡田准一君に対し、「なんだかんだ囃し立てられちゃってるけど、俺たちにとっちゃお前は岡田。オカダの3文字に尽きるんだよ。」と語ったことが、当時、話題になりました。岡田准一君と剛健コンビの今までのエピソードを考えると、納得できる言葉です。

    今まで以上に絆が深まった”剛健コンビ”から目が離せません!

    デビュー前から注目されていた、森田剛×三宅健”剛健コンビ”。今でも、根強い人気があります。デビュー20周年を迎え、今後の活動がさらに楽しみなV6。テレビ番組やコンサートでの”剛健コンビ”の絡みが、今後も楽しみです!

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    みんなのコメント
    1. 単三電池ばりさん より:

      剛健〜っ♡♡♡
      見てるだけで癒されるっ😍😍
      これからもずっと私達を癒し続けて下さいっ😘

    2. v6ミラクル最高 より:

      そんなことがあったんだ。知らなかったなぁ〜。でも、仲がよくて、良かった。これなら、永遠にやっていけるんじゃないですか。スマップみたいにならないでね。私は、あなたたちが、永遠にv6が、爽やかに仕事ができることをお祈りしています。頑張ってね

      • ジャニーズlove より:

        それな
        本当仲良いよねー
        私も、剛健コンビが仲良かったの知らなかった
        仲良くてよかった
        けど、これからも体調に気をつけて、頑張ってね❣️
        応援してるよ📣❣️

    3. さら より:

      健くんが剛くんを呼び捨てにするのは、剛くんが「今日から剛って呼べ」って言ったからだよ。健くんが勝手に呼んだわけじゃない。剛くんが受け入れてくれたから。

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