高橋みなみ卒業間近…「たかみなのこれまでとこれから」まとめ

活動開始から2015/12/8(火)で10周年となるAKB48。その10年間を中心メンバーとして、チームAのキャプテンとして、更にはAKBグループ総監督として引っ張り続けてきた高橋みなみが、その12月をもってAKB48から卒業します。卒業発表から1年かけて、横山由依に総監督業務の引き継ぎを行ってきました。その総監督業の苦悩や、2代目総監督横山由依の気持ちとは…?

10周年を迎えるAKB48、ドキュメンタリー映画シリーズ第5弾「DOCUMENTARY of AKB48(仮題)」が2016年に公開されますね。

そしてその10年をオープニングメンバーから支え続けてきた高橋みなみの卒業が目前まで迫っています。

今回はそんな高橋みなみの総監督としての苦労や2代目総監督として指名した横山由依への心配りなどについて、まとめてみたいと思います。

高橋みなみ、AKB48グループ総監督への第一歩

たかみなを始め、オープニングメンバーとして活動していたメンバーはチームAとしてもデビューしています。そのチームAの実質的なリーダーであった折井あゆみが2007年1月、AKB48から卒業してしまいます。

メンバーの姉としてリーダーとして皆を叱り、引っ張ってくれる大きな存在だったあゆ姉がいなくなり、戸惑うメンバーたち。そこで今まであゆ姉が担当していたイベント前の円陣の音頭でしたが、「どうしようか?」となったところで、「じゃあたかみなやってみなよ」と言われやるようになったと言います。

それが後の総監督という立場への第一歩だったのかもしれませんね。

AKB48グループ総監督・高橋みなみが誕生した瞬間

2009年、「AKB104選抜メンバー組閣祭り」において、新生チームAのキャプテンに任命されます。

その頃のチームAはちょうど前年からオープニングメンバーの卒業などの原因もあり、メンバー同士がバラバラになっていた時期でもありました。チーム内で別々のグループを作ったり、また孤立するメンバーや不真面目なメンバーなど問題は山積みでした。

そういった中で一人奮闘し、メンバー同士の不和をなくすためにメンバーひとりひとりとの対話を重んじ、自ら損な役回りを演じつつもチームをまとめていった功績が評価されての抜擢だったのでしょう。

この活動は通称「たかみなパトロール」と呼ばれ、メンバー内での信頼の厚さを窺えるエピソードとして語り継がれています。

そして2012年、チームAのキャプテンの後任を篠田麻里子とし、AKB48グループ総監督に就任することが発表されました。当時は総監督って何する人?などとよくわからないという意見が多かったものでした。秋元康氏は「メンバーが何かやらかしたときに記者会見でも開こうか」なんて冗談めかして言っていたそうです。

300人の女子をまとめる総監督・高橋みなみの膨大な仕事量

AKBグループは総勢300人を超えています。その全てをまとめ続け、ついに3年4ヶ月となった総監督・高橋みなみ。

チームAの頃から大事にしてきた、一人ひとりとの対話を重んじるという姿勢はまとめる人数が増えても変わりませんでした。

自分から積極的に話しかけ、特に10代前半の多感な時期のメンバーには一対一で話ができるようにするなど、自らの考える理想のリーダー像を体現していきます。

総監督の仕事はそれだけでなく、握手会を始めとしたイベントでのクレーム対応や、秋元氏や劇場の支配人らが集まる会合への出席も含まれており、一般のメンバーだった頃から考えると仕事量は倍以上に。

一時期はあまりに痩せすぎていたことから、タイトなスケジュールや心労などが原因なのではないか?と言われるほどでもありました。

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