【初級編】劇団☆新感線主要メンバーまとめ!

劇団☆新感線に少し興味を持った方におすすめ!ここでは、劇団☆新感線を知るための初級編として、「劇団新幹線とはどんな劇団?」「メンバーはどんな人がいるの?」「メンバーの出身地は?」など、知っていれば、劇団☆新感線の繰り出す舞台の世界がもっと楽しくなる情報をまとめてご紹介いたします。

劇団☆新感線のメンバーが気になる!

関西発!日本の演劇界の先頭をひた走る劇団☆新感線。現在は、客席が360度回転するという新しい舞台が話題となっているIHIステージアラウンド東京のこけら落とし公演として「髑髏城の七人」を行っている真っ最中です。

7年に1度再演されるという、劇団☆新感線が誇る大人気演目「髑髏城の七人」。今回の再演でも題材は同じですが、期間ごとに役者・演出を総替えして1年3か月もの間行うというロングラン公演であるため、1度だけではなく何度も足を運べば、それぞれのカンパニーごとの「髑髏城の七人」の毛色や間の取り方などを比較しながら観ることができるのでおすすめです。

ところで、今回初めて劇団☆新感線の公演を観て、あるいは今度劇団☆新感線の公演を観に行くのだけれど、「劇団☆新感線のことがよくわかっていない」という方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。ここでは、劇団☆新感線を知るための初級編として、劇団☆新感線の主要メンバ―のバックグラウンドの紹介など、知っておけば劇団☆新感線の繰り出す舞台の世界がもっと楽しくなる情報をまとめてご紹介いたします。

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劇団☆新感線とは?

(出典:写真AC)

主要メンバーのご紹介の前ですが、そもそも劇団☆新感線とはどんな劇団なのでしょうか。

劇団☆新感線は、1980年11月に大阪で産声を上げた劇団です。当時、大阪芸術大学舞台芸術学科の四回生であった、いのうえひでのりさん・こぐれ修さんらを中心に結成され、その旗揚げ公演となったのは、演出家つかこうへいさんの作品『熱海殺人事件』でした。

その後すぐに解散するつもりだったそうなのですが、旗揚げ公演が好評だったために翌年再演することとなり、以降つかこうへい作品のコピー劇団として人気を博することとなります。この人気で劇団☆新感線は、1980年代に関西で巻き起こっていた関西学生演劇ブームの中心的存在を担っていました(その他の中心的存在としては、「劇団そとばこまち」や「売名行為」がよく挙げられています)。

1984年からはオリジナル作品へ移行し、今年で劇団旗揚げから37年を迎えます。現在は作品群を以下の3つのカテゴリに分けることができ、いずれも大人気の演目となっています。

  • いのうえ歌舞伎シリーズ神話や史実などをモチーフとした時代活劇のシリーズ。『髑髏城の七人』など
  • 新感線Rシリーズ劇中、生バンドによる演奏とともに歌楽曲が多数あるシリーズ。『Vamp Bamboo Burn~ヴァン・バン・バーン~』など
  • ネタものシリーズネタあり笑いありの、コメディ中心のシリーズ。『直撃!ドラゴンロック』シリーズなど

ちなみに、劇団名の由来は、実家を離れて大学に通っていた当時のメンバーが帰省する際、新幹線を利用していたからという理由なんだそうです。

劇団☆新感線主要メンバー紹介!

ここからは、これを知っていれば劇団☆新感線の世界がもっと楽しめる!劇団☆新感線の主要メンバーの出身などの情報をまとめてご紹介いたします。

いのうえひでのり(1960年1月24日~)

1980年の劇団☆新感線旗揚げ当時から在籍している劇団主宰のいのうえひでのりさんは、劇団内では作・演出を手掛けています。出身地は福岡県で、大阪芸術大学の卒業生。劇団初期のころは役者として出演していましたが、1995年以降作・演出に専念しているようです。近年では、『直撃!ドラゴンロック』シリーズほか劇団☆新感線の大人気演目を多数世に生み出しているのと並行して、外部劇団作品の企画・プロデュースも行っているスゴ腕劇団員です。

古田新太(1965年12月3日~)

古田新太さんは、劇団☆新感線の顔といっても過言ではないお方でしょう。出身地は兵庫県神戸市西区。大阪芸術大学在学中の1984年、『宇宙防衛軍ヒデマロ』から劇団☆新感線に参加しました。以降、劇団☆新感線の看板俳優として欠かせない存在になっています。ちなみに、現在公演中の「髑髏城の七人」の初演時に主人公の捨之介を演じたのは古田さんでした。

劇団☆新感線の舞台と並行して、他劇団の舞台はもちろんのこと、ラジオ番組のほか映画やTVドラマなどの映像作品にも多数出演しており、近年では「あまちゃん」「逃げるが恥だが役に立つ」に出演していたことでも有名ですね。

橋本じゅん(1964年2月25日~)

橋本じゅんさんも、劇団☆新感線の看板俳優の一人。出身地は兵庫県神戸市東灘区で、大阪芸術大学大学中の1985年、「銀河旋風児SUSANOH」から劇団☆新感線に参加しています。代表作は『直撃!ドラゴンロック』の剣轟天役で、その強烈なキャラクターは他劇団の作品にゲスト出演を果たすほどに愛されています。ちなみに、舞台を降りたプライベートの橋本さんは、海をこよなく愛する釣り人なんだそうです。

高田聖子(1967年7月28日~)

高田聖子さんは奈良県生駒郡斑鳩町に生を受けた、劇団☆新感線の看板女優。大学在学中にスカウトを受け、1987年の『阿修羅城の瞳』から劇団☆新感線に参加しました。以降、ヒロインから悪役まで何でもこなすコメディエンヌとして活躍しています。劇団☆新感線での活動以外にも、映像作品出演や自身が座長を務めるプロデュース集団「月影番外地」の公演も定期的に行うなど、精力的に活動しています。

粟根まこと(1964年8月7日~)

粟根まことさんは、大阪府出身の劇団☆新感線劇団員です。第2劇場、ちゃかぽこ調書を経て、1985年『ヒデマロ2』から劇団☆新感線に参加しました。劇団作品では、インテリキャラを演じることが多いのだそう。劇団作品以外では、俳優として映像作品に出演しているほか、声優としての出演経歴もあります。また、粟根さんはイラストを得意としており、雑誌『演劇ぶっく』では『粟根まことの人物ウォッチング』を連載しているなど、マルチに活躍しています。

中島かずき(1959年8月15日~)

(写真左端が中島かずきさん)

最後は、劇団☆新感線には欠かせないクリエーターの方をご紹介。

中島かずきさんは福岡県出身の脚本家・劇作家・小説家・編集者です。劇団☆新感線には1985年の「炎のハイパーステップ」から座付き作家として参加しています。座付き作家としては『スサノオ』『髑髏城の七人』『五右衛門ロック』など、劇団☆新感線の看板となっている作品を多数生み出しています。

劇団作品以外にも、

  • 『仮面ライダーフォーゼ』脚本・メインライター(2011-12年)
  • アニメ『キルラキル』原作・シリーズ構成・脚本(2013-14年)
  • 映画『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』脚本(2014年)

など、映像分野でもすぐれた作品を多数世に送り出しています。

劇団☆新感線をこれからも応援しよう!

(出典:写真AC)

年々進化していくカンパニー!劇団☆新感線について、今回は初級編として、劇団☆新感線の歴史と主要メンバーについてさっと触れていきました。もちろん、彼ら以外にも劇団☆新感線には魅力的な座員たちが多数在籍しています。この記事を読んで、もっと劇団☆新感線を知りたくなった方は、実際に劇場に足を運んで彼らの作り出す世界を味わってみてはいかがでしょうか。

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