「中高年のアイドル」と呼ばれる漫談家・綾小路きみまろが愛される理由とは?

「あれから40年」といった印象的なフレーズを織り交ぜながら、会場に集まっている中高年たちを愛のあるいじりで笑いの渦に引き込む綾小路きみまろ。「中高年のアイドル」と呼ばれ1940年代後半以降の「団塊世代」を中心とした観客から絶大な支持を受けています。その芸風は大きな非難を浴びるリスクもあります。ただ1950年生まれと年代が近くブレイクするまで長い辛苦を味わってきた、彼ならではの漫談だからこそ受け入れられているのではないでしょうか。今回はそんな漫談家・綾小路きみまろの魅力をご紹介しましょう。

「中高年のアイドル」と呼ばれる漫談家・綾小路きみまろは、「落語協会」会員・「日本司会芸能協会」理事・富士河口湖町の特別町民など様々な肩書を持っています。

CD・カセットテープ・DVD・書籍の販売、「笑っていいとも!」や「NHK紅白歌合戦」への出演など様々な活動を行っています。ただそれでも漫談家としてスタンスを変えない芸風も、長く愛され続けている要因なのかもしれません。

そんな綾小路きみまろはなぜこのように愛されてきたのでしょうか

漫談家・綾小路きみまろが愛される理由①:長い下積みの末ブレイクした苦労人の側面

今でこそ「中高年のアイドル」として絶対的なポジションを築いている綾小路きみまろですが、1979年に漫談家としてデビューしブレイクするまで長い期間を要している苦労人としても知られています。

1969年に上京し、マッサージ師養成学校で資格を取るなどしながら、その間にいくつかのキャバレーで働いてきました。その当時ツービートとして全く売れない時期を過ごしてきたビートたけしと同じ舞台に出演したといいます。そして綾小路きみまろがブレイクし「たけしの誰でもピカソ」で対面した際に、お互いに苦しい時期を思い出して感極まって涙を流し抱き合うということがあったようです。

デビューした後もコンサートの司会を務めながらも漫談家としての仕事が増えず、サービスエリアで休息中の観光バスに自作の漫談テープを配るということもしていたといいます。

このような長い下積みを重ねて生み出された言葉だけに、少なからず同様の苦労を重ねてきた中高年のファンに響くのではないでしょうか。

漫談家・綾小路きみまろが愛される理由②:中高年のファンにとって憎めない魅力がある

綾小路きみまろの芸風は毒舌漫談というジャンルではありますが、中高年世代が持つ人生の悲哀を年代の近い彼がユーモラスにそして緩急を付けて語るという特徴があります。

毒舌というのは中高年世代などには、場合によっては敬遠されがちです。ただ「綾小路きみまろ」という一見格好良さそうな名前でありながらも、実際は自分たちと変わらない年齢で背の小さい愛らしい容姿の男性。そんな彼がカツラ・扇子・背広・燕尾服といった精一杯のファッションに身を包み、痛風や高血圧といった持病と闘いながらステージが頑張っています。ときには自分が観客に向けたいじりに自分自身が笑ってしまうような憎めないところもあるなど、自分に近い人が言うことだからこそ中高年たちは彼の漫談で笑顔を見せるのでしょう。

このように同年代で自分たちと同じような人が精一杯背伸びをしているといった、憎めない部分があることも綾小路きみまろが中高年に愛される魅力と言えるでしょう。

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