「パーマ屋スミレ」は厳しい時代に生きる人々を描く感動舞台

舞台「パーマ屋スミレ」は「たとえば野に咲く花のように」「焼肉ドラゴン」と続く、鄭義信三部作のひとつ。1960年代半ばの炭鉱町を舞台に、事故に巻き込まれながらも強く生きる庶民の姿を描いた同作。以前上演時にはラストシーンで、鼻をすする音が会場に響き渡ったと言われる感動作です。今回は南果歩・根岸季衣・村上淳など実力派俳優たちが、当時の炭鉱町で生きる人々を熱演します。今回はそんな舞台「パーマ屋スミレ」の時代背景についてご紹介しましょう。

舞台「パーマ屋スミレ」は厳しい時代を生き抜く人々の姿を描いた作品です。そしてそれがどういう時代だったか、背景が分かるとさらに感動も大きくなると思います。

ではそんな今作の舞台となった時代、ここでキーとなる一酸化炭素中毒とはどんな意味合いを持つのでしょうか。

厳しい時代を迎えた舞台「パーマ屋スミレ」の背景

舞台「パーマ屋スミレ」の舞台となった1960年代半ばは、九州の三池炭鉱で激しい労働争議が行われ、多くの犠牲者が出た悲しい事故も起こった時期でした。

三池は江戸時代から採掘が行われ、日本の近代化を支える存在として発展してきました。しかし舞台となる1960年頃になるとその石炭産業も斜陽化。工員の大量解雇の方針が告げられると、これに反発し三池争議と呼ばれる激しいストライキが行われました。

またその後に三井三池三川炭鉱炭塵爆発という戦後最悪の炭鉱事故が起こりました。それは約450人の犠牲者を出し、約840人もの一酸化炭素中毒患者を出した痛ましいものとなりました。

舞台「パーマ屋スミレ」の時代は、九州の炭鉱が厳しい状況を迎えた時期なのです。

舞台「パーマ屋スミレ」の登場人物が苦しむ障がいとは

舞台「パーマ屋スミレ」の中で大きく取り上げられる「一酸化炭素中毒」

石油の不完全燃焼や火災・自動車の排気ガスの大量吸い込みなどで起こります。それが原因で全身の低酸素症に見舞われるものです。それによって頭痛・疲労感・判断力低下・吐き気・意識障害・けいれんといった症状が現れるようです。

そして意識はあっても徐々に体の自由が利かなくなり、重症化すると昏睡に陥る、呼吸や心機能が抑制され死に至ることもあります。また後遺症として、知能の低下・記憶障害・異常な行動といった症状が現れるようです。そしてこの症状に陥った人の死亡率は30パーセント…。そのため一酸化炭素中毒は炭鉱などで働くことはもちろん、普通の生活にも支障をきたすほどのもの。

炭舞台「パーマ屋スミレ」では、物語を支配する暗い要素であると同時に、人々の生きる力強さを感じさせるキーにもなります。

骨太な作品を出し続けた舞台「パーマ屋スミレ」の演出家

舞台「パーマ屋スミレ」の演出家・鄭義信は、映画「愛を乞うひと」で日本アカデミー最優秀脚本賞を受賞し、紫綬褒章を授与した実績のある人物です。

そんな彼は映画・舞台などで骨太な作品を出し続けています。中には、今作のテーマとなっている在日・炭鉱というテーマに関する作品も多く、今作にも彼が伝えたいメッセージが込められています。

痛ましい事故があった暗い時代、そこで生き抜こうとする人々の力強さ。若い世代にも語り伝えなければならない現実を、骨太な作品を数多く世に送り出してきた鄭義信が伝える渾身の一作となっています。

多くの人が知るべき現実を描いた舞台「パーマ屋スミレ」

チケットキャンプ(チケキャン)では、そんな舞台「パーマ屋スミレ」のチケットを取り扱い中。痛ましい事故を乗り越え力強く生きる人たちの姿を見て、自分を奮い立たせることができる作品です。

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パーマ屋スミレ

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