島本浩也選手【注目すべき若手】阪神タイガースの「育成の星」のプロフィール紹介

『育成の星』阪神タイガース・島本浩也選手の【プロフィール】に迫る!2015年・2016年の2年間、阪神タイガースの左の中継ぎ投手として活躍した島本浩也選手。育成選手出身の選手で、1軍選手の中で活躍する『育成の星』ともいえます。今でこそ1軍選手の中で活躍していますが、高校時代や育成選手時代に多くの苦労や苦難を乗り越えてきた苦労人でもあります。この記事では、島本浩也選手のプロフィール・経歴・年俸・成績・性格について紹介します。

阪神タイガース・島本浩也選手

2015年・2016年の2年間、阪神タイガースの左の中継ぎ投手として活躍している島本浩也選手。

育成選手出身の選手で、今では1軍選手の中で活躍する『育成の星』ともいえます。

育成選手から、2軍1軍と這い上がってきた選手ですが、その裏には高校時代や育成選手時代の多くの苦難がありました。

この記事では、阪神タイガース・島本浩也選手の「プロフィール」「経歴」「年俸」「成績」「性格」を紹介していきます。

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阪神タイガース・島本浩也選手の「プロフィール」

プロフィール

選手名:島本 浩也(しまもと ひろや)

所属:阪神タイガース

背番号:69

生年月日:1993年2月14日生まれ

出身:奈良県大和高田市

経歴:福知山成美高校→阪神タイガース

身長・体重:176cm・70kg

投打:左投げ左打ち

ポジション:投手

阪神タイガース・島本浩也選手の「経歴」

チャンスが少なかった育成選手時代

島本浩也選手は、地元の『高田ヤマトイーグルス』で小学生1年生のときに野球を始めます。その後中学生のときは、関本賢太郎選手(元阪神タイガース)も所属していた『橿原コンドルボーイズ』に所属。投手として活躍します。

高校は、京都府の『福知山成美高校』へ入学。投手としてプレーし、2年生春にはベンチ入りを果たすなど活躍を見せます。

同年秋の京都大会準優勝にも貢献。その後の近畿大会では、大阪府の『PL学園高校』相手に、完投勝利を収めました。それからも島本浩也選手は、チームをベスト8まで導きます。

チームのエースとなり、順調に進んでいた高校野球人生でしたが、3年生になると思わぬ出来事が起きてしまいます。

他部員の不祥事が原因で、チームが『日本高校野球連盟』から対外試合を禁止する処分を言い渡され、試合をすることができなくなります。

このような思わぬ出来事も重なり、高校3年間で甲子園に出場することはできませんでした。

それでも2010年の育成ドラフトにて、阪神タイガースから2巡目で指名。育成選手ではあるものの、プロ野球の世界に入る夢を叶えました。

支配下登録を目指して

育成選手としてデビューした島本浩也選手。育成選手という立場もあり、最初の2年は苦しいシーズンを過ごします。

2年間で7試合(2軍戦)の登板にとどまり、アピールする機会が少なく、なかなか這い上がれずにいました。

支配下登録されている選手が優先的に出場するため、島本浩也選手のような育成選手は、どうしても出場機会が少なくなります。

それでも島本浩也選手は、腐らずに努力をし続けました。

2012年シーズン後に開催される『ウインターリーグ』にて、9試合に登板をし”23奪三振”・”防御率0.61”という素晴らしい成績を残します。

ウインターリーグとは

ウィンターリーグとは、冬季に行われるプロ野球のリーグ戦の総称である。主にプエルトリコ、ドミニカ共和国などの中南米、台湾、オーストラリアで開かれる野球リーグの事を指す。それ以外にもアメリカ国内でメジャーリーグのオフシーズンに行われるプロを目指す選手のためのトライアウトリーグなどがある。

(出典:Wikipedia

2013年は、シーズン前のオープン戦で登板するなど、存在感を発揮し始めます。その後も、2軍戦ではあるものの25試合に登板し、ようやくアピールのチャンスを掴み始めます。

2014年には、先発登板も含め17試合(2軍戦)に登板。実力が認められ、その年のオフでついに支配下登録選手として契約をかわし、背番号”69”をつけることになりました。

「江夏賞」の左腕

2014年に、支配下登録選手となった島本浩也選手。2015年には、主力選手が中心となっている『宜野座春季キャンプ』へ参加します。

このキャンプが、島本浩也選手にとって大きな転機となります。

宜野座春季キャンプには、江夏豊さん(元阪神タイガース)が臨時投手コーチとして参加しており、タイガースの選手へコーチを行なっていました。

そのキャンプにて、江夏豊さんが目をつけたのが島本浩也選手でした。

この何日間かブルペンで彼の投げてる姿を見ていましたが決して恵まれた体じゃないのに、いいボールを投げている。聞けば、去年まで3桁の数字だったというから。今の時代、恵まれた環境で注目されて入ってくることが多いのに、そういう人もいるんだよということで。

(出典:日刊スポーツ

江夏豊さんから、指導と期待を受けた島本浩也選手。オープン戦から、その期待に応えるかのような活躍を見せます。

オープン戦6試合に登板し、無失点という成績を収め、中継ぎとしての仕事をこなします。その結果、晴れて開幕1軍の切符をつかみとりました。

島本浩也選手は、江夏豊さんが指導最終日となる日に声をかけられます。そこで手渡されたのが、江夏豊さんが使用していたメッセージ入りのグローブ。

江夏豊さんが、キャンプの中で1番輝いていた選手に渡す『江夏賞』と言われるものがこれでした。

まさか自分がもらえるとは思っていなかった…。寮に飾ろうと思っています。結果を出すことが恩返しになる。直接、お話をするタイミングはそれほどなかったですが、ブルペン終わった後に「いい球いっているぞ」と言ってもらって自信になりました。

(出典:日刊スポーツ

江夏賞を獲得した島本浩也選手。その後のシーズンでも、その名に恥じぬ活躍を見せることになります。

「育成の星」として

2015年のオープン戦で成績を出し、開幕1軍を掴み取った島本浩也選手。1軍と2軍を行き来しながらも、1軍戦で18試合に登板しました。

防御率は”8.84”と物足りない成績となってしまったものの、「育成の星」として活躍を見せます。年俸も倍近くまで上がり、飛躍のシーズンを過ごします。

続く2016年は、キャンプでのけががあったのものの、オープン戦から1軍に復帰。先発ローテーション候補として、チームに合流します。

しかし、先発した試合で4回6失点と成績が出せず、2軍でシーズンをスタートさせ、2年連続の開幕1軍を逃すこととなります。

5月には1軍に合流。7月には、『1球だけ投げてのプロ初勝利』を挙げるなど存在感を発揮。シーズン23試合を投げ”防御率3.65”と、中継ぎ投手の一角として十分な成績を残します。

2017年は怪我があり満足な成績は残せていないものの、今後の活躍が期待されます。

阪神タイガース・島本浩也選手の「成績」と「年俸」

2011年

年俸:300万円

<1軍成績>

登板なし

<2軍成績>

1試合登板/0勝0敗0セーブ/0奪三振/防御率0.00

2012年

年俸:300万円

<1軍成績>

登板なし

<2軍成績>

6試合登板/0勝0敗0セーブ/3奪三振/防御率0.00

2013年

年俸:300万円

<1軍成績>

登板なし

<2軍成績>

25試合登板/0勝0敗0セーブ/18奪三振/防御率4.94

2014年

年俸:300万円

<1軍成績>

登板なし

<2軍成績>

17試合登板/1勝3敗0セーブ/34奪三振/防御率3.40

2015年

年俸:420万円

<1軍成績>

18試合登板/0勝0敗0セーブ/12奪三振/防御率8.84

<2軍成績>

20試合登板/3勝2敗1セーブ/46奪三振/防御率4.95

2016年

年俸:720万円

<1軍成績>

23試合登板/1勝0敗0セーブ/24奪三振/防御率3.65

<2軍成績>

18試合登板/3勝3敗0セーブ/34奪三振/防御率5.67

2017年(2017年9月20日現在)

年俸:1,100万円

<1軍成績>

登板なし

<2軍成績>

26試合登板/3勝4敗0セーブ/63奪三振/防御率1.60

阪神タイガース・島本浩也選手の「性格」

仲間想いで、義理堅い性格

島本浩也選手には、中学時代に「お互い甲子園で会えるといい」と言い合った『吉川さん』という友人がいました。

吉川さんとは中学時代にバッテリーを組んでおり、高校で離れ離れになったものの、お互いを刺激しあっていました。

しかし、その友人との別れは突然やってきました。島本浩也選手が高校2年の2009年、信じられない出来事が起こります。

大分県の柳ケ浦高校が、夏の甲子園大分県大会の開会式へ向かう途中、バスが横転。42人が重軽傷を負い、乗車していた中の1人が命を落としてしまいました。

その亡くなってしまった1人が、島本浩也選手の友人である吉川さんでした。

当時の島本浩也選手にとってあまりにショックな出来事で、高校の練習もしばらく休んでしまう状況が続いたようです。

それでも島本浩也選手は、吉川さんの分まで努力をし、プロ野球選手としての人生をつかみます。

その吉川さんの存在が、プロ入り後も島本の力となる。島本の阪神入団に際して、吉川さんの母・歌織さんが島本あてに自筆の手紙を綴っていた。「(吉川さんの事故死から)ずっと野球を見ることができなかったらしいんですが、僕が阪神に入ったので初登板を見に行きたい、とありました。アイツ(吉川さん)の分まで…という気持ちになりました」

(出典:サンケイスポーツ

島本浩也選手が、仲間想いで義理堅い性格であることが伺えるエピソードであるといえます。

「育成の星」阪神タイガース・島本浩也選手

今でこそ、阪神タイガースで左の中継ぎ候補として活躍する島本浩也選手。

彼には、高校時代や育成選手時代に苦労をし、それを何度も乗り越えてきた経歴がありました。

まだまだ1軍定着とまではいきませんが、今後はより力をつけ、阪神タイガースの投手陣の中でも輝く存在となるでしょう。

今後も、阪神タイガース・島本浩也選手の活躍に期待しましょう!

(出典:PAKUTASO

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