若き「イケメン盗塁王」!埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手の「プロフィール」に迫る!

2016年にパ・リーグ盗塁王を獲得した、埼玉西武ライオンズの金子侑司選手。バク転ができるほどの身体能力や俊足はもちろん、端正なルックスで多くの人気を集めています。その人気は、ファンレターがダンボール2箱分届くほどだとか。持ち前の快足で、埼玉西武ライオンズを引っ張る金子侑司選手。今回は、金子侑司選手の「プロフィール」「経歴」「成績」「年俸」「性格」を紹介していきます。

「スピードスター」埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手

2016年、パ・リーグの盗塁王に輝いた埼玉西武ライオンズの金子侑司選手。抜群の身体能力と俊足を生かし、埼玉西武ライオンズで多くの活躍を見せています。

今回は、「若き盗塁王」である埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手の「プロフィール」「経歴」「成績」「年俸」「性格」を紹介します。

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埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手の「プロフィール」

  • 選手名:金子 侑司(かねこ ゆうじ)
  • 所属:埼玉西武ライオンズ
  • 背番号:2
  • 生年月日:1990年4月24日生まれ
  • 出身地:京都府京都市
  • 身長/体重:179cm/75kg
  • 投打:右投両打
  • ポジション:外野手、遊撃手、三塁手、二塁手

埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手の「経歴」

「スピードスター」

埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手が、野球を始めたのは小学校5年のとき。その頃は、野球とラグビーを並行して行っていたようです。

元々右打ちだった金子侑司選手ですが、中学時代に両打ちに変更します。きっかけは、父親に「かっこいいからやってみろ」と言われたことだとか。

金子侑司選手は少年時代から足が速く、小学校6年生時は100m走で「京都大会4位」という成績を残し、京都代表に選ばれた経歴の持ち主です。

一、二塁間のタイムは3秒32。昨季13盗塁の浅村や同10盗塁の秋山ら、参加した7選手中トップタイムを叩き出した。二塁へスタートを切ると、そのまま低い前傾姿勢を保ち、二塁到達までスピードが全く落ちない。

小さな頃から足が速かった。小学時代は6年間、野球とラグビーを並行してプレー。小6時には100メートル走で京都大会4位に入り、全国大会に出場こそしなかったが、京都代表に選ばれた。中学でもバレーボール部に所属し、指導者から競技続行を懇願されたほど高い身体能力を持つ。

(出典:スポニチ

身体能力がとても高いこともあり、中学校時代はバレーボール部に所属していたこともあったようです。

高校は、京都府の立命館宇治高校に入学。甲子園出場は叶わなかったものの、高校通算20本塁打を記録し、遊撃手として活躍します。

大学は、立命館大学に進学。1年生の春から試合に出場し、2年生の春には遊撃手としてベストナインに選出されます。

大学3年生時は、日米大学野球選手大会にて日本代表に選出。4年生時も、立命館大学の主力選手として活躍しました。

その結果、2012年ドラフト会議で、埼玉西武ライオンズに3巡目にて指名。念願のプロ野球入りを果たします。

プロ野球デビュー

2013年、大学時代に数試合しか経験のない「外野手」として、オープン戦に出場。それでも金子侑司選手は結果を出します。開幕一軍としてシーズンをスタートし、開幕スタメンの座を勝ち取りました。

開幕戦では「7番・右翼手」として出場し、プロ初安打を打つなどの活躍を見せます。ただその一方で、慣れない外野手での出場だったため、守備面でのミスをしてしまいます。

その後も、1年目ながら「外野手・三塁手・二塁手・遊撃手」と多くのポジションで試合に出場したものの、最終的には「94試合出場、打率.223、2本塁打、23打点、12盗塁」という成績で、1年目のシーズンを終えます。

続く2年目の2014年も、9番・遊撃手にて開幕スタメン出場を果たします。この年、当時就任した伊原春樹監督の方針で、両打ちから左打ちに専念することが決まっていました。

しかし、左打席での成績は振るわず、打率1割台と苦しみ、最終的には両打ちに戻すことに。この年は、チーム最多の21盗塁を記録するなど、頭角を現し始めます。

「内野手→外野手」のコンバート

金子侑司選手は、大学時代まで遊撃手としてプレーしていたものの、プロに入ってから「外野手」として本格的に出場をすることになりました。こういった「ポジションコンバート」は、プロ野球の世界では珍しいことではありません。

守備に難があるが身体能力に優れた内野手は、その強肩・俊足を生かすために外野手にコンバートされる場合がある。
秋山幸二はプロ入り後、投手から三塁手にコンバートされたが、スローイングに難があり、当時の森祇晶監督から「これからは外野を走り回る選手が華となる時代だから、外野に行け」と言われ、センターにコンバートされたことで守備の才能が一気に開花した。同じように田口壮(カージナルス)、福留孝介(カブス)は内野手として入団したが、守備で難がある部分が多く外野コンバート、その後外野守備の名手に成長している。松井秀喜(ヤンキース)はプロ入り前は三塁手であったが、プロ入り後は外野手にコンバートされている。
(出典:Wikipedia

特に当時の埼玉西武ライオンズは、内野手の人材が豊富で、レギュラー争いが活発に行われている状況でもありました。
チーム事情もあり、金子侑司選手は、学生時代に数回しか経験のない「外野手」へのコンバートを言い渡されたのです。

「イケメン盗塁王」の誕生

2014年にチーム最多の21盗塁を記録し、期待をされていた金子侑司選手ですが、2015年のシーズンは期待に応えられないシーズンとなってしまいます。

2015年、3年連続の開幕1軍スタートを迎えます。順調といえるスタートを切った金子侑司選手でしたが、6月に1軍登録を抹消。練習中に顔面に打球があたり、鼻骨を骨折してしまいます。

その影響もあり、シーズンで「57試合」の出場にとどまり、不本意なシーズンとなってしまいます。

しかし金子侑司選手は、その次の年に才能を開花させます。

2016年、4年連続の開幕1軍スタートはならなかったものの、4月から右翼手として出場。7月頃からは「1番・右翼手」として出場するようになり、自身初の規定打席到達を果たします。

盗塁数は「53盗塁」を記録。糸井嘉男選手(当時オリックスバッファローズ)と同数で、初のタイトルである「盗塁王」を獲得します。

埼玉西武ライオンズ入団時から、外野手に挑戦していた金子侑司選手。この年に初めて、外野手での出場試合が内野手での出場数を超えることになりました。

埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手の「成績」と「年俸」


(出典:無料で使えるイラスト素材)

・2013年

94試合/打率.223/2本塁打/23打点/12盗塁/年俸:1,200万円

・2014年

91試合/打率.247/2本塁打/16打点/21盗塁/年俸:1,800万円

・2015年

57試合/打率.224/1本塁打/6打点/11盗塁/年俸:2,600万円

・2016年

129試合/打率.265/1本塁打/33打点/53盗塁/年俸:2,400万円

タイトル:盗塁王

・2017年(9月10日現在)

75試合/打率.288/5本塁打/29打点/18盗塁/年俸:4,800万円

埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手の「性格」

憧れの人は、大先輩「秋山幸二」さん

金子侑司選手は俊足なのはもちろん、天性の身体能力を持っており、バク転を簡単にしてしまうほどだそうです。

金子侑司選手の座右の銘は「華麗奔放(かれいほんぽう)」。座右の銘からも、華やかで思い切りのいい性格だといえます。

※「華麗奔放(かれいほんぽう)」とは?

きわめてはなやかで思うままに振る舞うこと。

(出典:四字熟語データバンク

そんな金子侑司選手が憧れるのが、元西武ライオンズの秋山幸二さん。

立命館宇治高時代の運動会では、目に焼きついた西武秋山のように、バック転を披露したことがある。リレーのアンカーを任されたが、後続を大きく引き離してリード。盛り上がりに欠けると感じ、ゴールテープを切る瞬間にバック転を決めた。「何かやったろうかなと。盛り上がってくれた」。中学時代に練習を重ねて、バック転を独学で習得するなどジャンプ力は抜群で、高校入学時にはバレー部からも勧誘された。

(出典:日刊スポーツ

こういったエピソードからも、金子侑司選手は派手で自由な性格だといえます。

球界屈指の「イケメン選手」

金子侑司選手といえばプレーもさることながら、イケメン選手であることもいわれています。

その人気は驚くほどで、入団後には段ボール2箱分のファンレターが届いたそうです。

金子侑司選手は、そのファンレターにしっかり目を通すそう。その真面目な性格も人気の秘訣であるといえます。

「若き盗塁王」!埼玉西武ライオンズ・金子侑司選手

プレーはもちろん端整なルックスで、多くの人気を誇る、埼玉西武ライオンズの金子侑司選手。

2017年からは正式に「外野手」として登録させており、さらなる期待がかけられます。

「イケメンスピードスター」の金子侑司選手に、今後も期待しましょう!

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