【海外FA取得】オリックス・バファローズ平野佳寿投手のプロフィール紹介

2017年プロ野球シーズンもいよいよ佳境!果たして日本一の栄冠に輝くのどこ なのでしょうか? またFAやトレード、ポスティングシステムでの移籍の動向が気になるところです。 そこで今回は海外FA権でのメジャー・リーグ挑戦が噂されるオリックス・バファローズの平野佳寿投手に注目し。プロフィールなどの細かく紹介します!オリックス・バファローズ平野佳寿投手の経歴,性格,成績,年俸などプロフィールを一挙紹介します!

オリックス・バファロース平野佳寿選手のプロフィール紹介!

2017年プロ野球シーズンもいよいよ佳境!いよいよ残すは日本シリーズだけとなりましたね。果たして日本一の栄冠に輝くのは福岡ソフトバンクホークスか横浜DeNAベイスターズのどちらなのでしょうか?

また今オフ北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手がメジャー・リーグ挑戦を表明していますね。FAやトレード、ポスティングシステムでの移籍の動向が気になるところです。

そこで今回はこちらも海外FA権でのメジャー・リーグ挑戦が噂されるオリックス・バファローズの平野佳寿投手に注目し、プロフィールなどの細かく紹介します!オリックス・バファローズ平野佳寿投手の経歴,性格,成績,年俸などプロフィールを一挙紹介します!

オリックス・バファローズ平野佳寿投手のプロフィール

基本プロフィール

  • 名前:平野佳寿(ひらのよしひさ)
  • 出身地:京都府宇治市
  • 生年月日:1984年3月8日(33歳)
  • 身長/体重:186cm/84kg
  • 投球・打席:右投右打
  • ポジション:投手
  • 背番号:16
  • 経歴:京都府立鳥羽高校→京都産業大学→オリックス・バファローズ
  • ドラフト年:2006年希望入団枠
  • 代表歴:2017年WBC

プレースタイルや性格

ポジションはピッチャーで、主にクローザーを務めます。入団当時はイニングが稼げる先発で、その後セットアッパーに転向。回跨ぎが出来て、ピンチの場面に強いことから2017年のWBC日本代表にオリックス・バファローズで唯一、選出されましたね。

平均球速148km/hで最高速度156km/hのストレートが持ち味。調子が良い時のストレートは初速と終速の差がほとんどなく、バッターから見ればホップアップしているように感じるくらい威力があるそうです。実際、調子が良い時は決め球にストレートを投げるほど、ストレートでどんどん押します。ほとんどこのストレートと鋭い変化と大きな落差のフォークボールの2種類でバッターを打ち取っていく、本格派スタイルでこれまで平野佳寿投手は多くのオリックス・バファローズファンを魅了していきました。

また性格もかなりセットアッパーやクローザー向きで、例えば自分が打たれて試合に負けても「あそこで打たれたのは、俺のせいじゃない」と開き直れる強気な性格みたいです。そういう強気な性格が心労の多いセットアッパーやクローザーというポジションで平野佳寿投手が活躍できる要因の一つかも知れません。事実、セットアッパーやクローザーとして2011年には43ホールド・49ホールドポイント、2014年には40セーブの成績を挙げ、当時のパリーグ記録を樹立していますね。

オリックス・バファローズ平野佳寿投手の経歴

ここではオリックス・バファローズ平野佳寿投手の経歴を野球を始めた小学校時代から才能が開花された大学時代までのプロフィールを細かく分けて、紹介していきます。

野球を始めた小学校から中学校時代

小学校3年生の時に、小倉リトルズで野球をはじめたオリックス・バファローズ平野佳寿投手。その時のポジションは捕手兼内野手だったようです。その後、宇治市立北宇治中学校に入学し同校の軟式野球部に入部。この時に現在のポジションである投手に転向したようですね。

怪我に悩まされた京都府立鳥羽高校時代

中学を卒業した後、京都の古豪・京都府立鳥羽高校に進学し硬式野球部入部します。京都府立鳥羽高校といえば、全身の京都二中時代に第一回全国中等学校野球大会(現在の全国高校野球選手権大会)の優勝校として有名ですね。

平野佳寿投手が在籍していた時も第72回選抜高校野球大会(高2春)、第82回全国高校野球選手権大会(高2夏)、第73回選抜高校野球大会(高3春)と3季連続で甲子園に出場しています。しかし平野佳寿投手は高2夏は残念ながら腰痛などで調子を崩し、ベンチメンバーからは漏れています。

そんな平野佳寿投手ですが、高校時代は不遇の時期を過ごしていました。京都府立鳥羽高校時代の恩師である卯龍監督によると、平野佳寿投手は今ではストロングポイントである手足の長さが高校生にしては長くて、うまく使えてなかったようです。ですので思うように力を発揮できず、一度も背番号1を背負うことはありませんでした。

才能が開花した京都産業大学時代

そんな平野佳寿投手ですが京都府立鳥羽高校卒業後、同じ京都府内にある京都産業大学に進学します。そこで、身体ができ始めたこと、大学の指導法がすごく合ったこともあり、才能が一気に開花しました。

大学2年生から京都産業大学のエースとしてチームを牽引し、大学通算で56試合に登板、36勝11敗、404奪三振、防御率1.33の好成績に加え、関西六大学野球リーグのMVP2回、最優秀投手4回、ベストナイン4回受賞します。中でも404奪三振は関西六大学野球リーグのリーグ新記録でした。このような素晴らしい成績を残すとマスコミからは「大学ナンバーワン右腕」と評されました。

そして2005年のドラフト会議でオリックス・バファローズから指名され希望入団枠でオリックス・バファローズに入団しました。

オリックス・バファローズ平野佳寿投手のプロフィール【プロ入り後の活躍】

華々しいスタートを切った新人時代

希望入団枠という最高の評価を得てオリックス・バファローズに入団した平野佳寿投手ですが、入団一年目から1軍に入り、2006年3月25日の西武ライオンズとの開幕2戦目でプロ入り初登板し、同月30日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦でプロ入り初先発初勝利を記録しました。4月6日の千葉ロッテマリーンズ戦ではルーキーで完封一番乗りとなるプロ入り初完封を挙げます。前半戦で6勝を挙げ、オールスターにも出場。一年通して7勝11敗と負け越しはしたものの、松坂大輔(西武ライオンズ)に次ぐ、第2位の10完投、4完封を記録しました。

続く2年目も8勝13敗と負け越しはしたものの、2完封を記録するなど防御率、奪三振、与四球で前年より上回る成績を残しました。

さらなる飛躍が期待された3年目の2008年でしたが、開幕前に右肘の遊離軟骨除去手術し、この年は1度も1軍のマウンドを踏むことなく、終わってします。続く4年目の2009年も1年通してローテーションを守ることが出来ず、チームが低迷したこともあって3勝12敗と大きく負け越してしまいました。

転機となったリリーフ転向

2010年に岡田彰布氏がオリックス・バファローズの監督に就任すると、平野佳寿投手を先発から中継ぎに配置転換します。この事が平野佳寿投手にとって大きな転機となりました。

2010年から中継ぎ投手としてリーグトップクラスの成績を残すと、翌2011年には当時のパリーグ記録となる43ホールド・49ホールドポイントを記録し最優秀中継ぎ投手のタイトルを受賞。2013年にクローザーに転向すると2014年にも当時パリーグ記録となる40セーブを挙げ、最多セーブ投手のタイトルを受賞しました。

翌年以降もコンスタントにリーグトップクラスの成績を収め、2017年にはWBCの日本代表に選出されましたね。

オリックス・バファローズ平野佳寿投手の年度別成績と年俸推移

ここまで平野佳寿選手のプロフィールを紹介してきましたがここできになる年俸を紹介します!

年度 試合 H S 奪三振 防御率
2006 26 7 11 0 0 105 3.81 1500万円
2007 27 8 13 0 0 124 3.72 3700万円
2008 4800万円
2009 20 3 12 0 0 91 4.72 3800万円
2010 63 7 2 32 2 101 1.67 4200万円
2011 72 6 2 43 2 99 1.94 7200万円
2012 70 7 4 21 9 80 2.15 1億2000万円
2013 60 2 5 9 31 71 1.87 1億円5000万円
2014 62 1 6 8 40 70 3.43 1億円9000万円
2015 33 0 3 10 12 39 4.06 3億円
2016 58 4 4 8 31 57 1.92 3億円
2017 58 3 7 8 29 47 2.67 3億円
通算 549 48 69 139 156 884 3.10

 

オリックス・バファローズ平野佳寿投手の去就に注目

平野佳寿選手のプロフィールはいかがでしたか?

今オフに海外FA権を取得したオリックス・バファローズ平野佳寿投手。噂ではセントルイス・カージナルスが獲得の名乗りを挙げているという報道があります。

しかし、オリックス・バファローズに残留の可能性もありますね。来季、巻き返しを図るオリックス・バファローズには欠かせない選手ですので、今後のオリックス・バファローズ平野佳寿投手の去就に注目しましょう!

オリックス・バファローズをもっと知りたい方はこちら!

 

 

 

 

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