【パリーグ王者】福岡ソフトバンクホークスの監督は?工藤公康監督の経歴に注目【優勝請負人】

2017年パリーグペナントレースは福岡ソフトバンクホークスが優勝しました。2位以下に10ゲーム以上の差をつけての、ぶっちぎりのリーグ制覇!そこで、今回はこのダントツの強さを誇る福岡ソフトバンクホークスの工藤公康監督に注目!気になる工藤公康監督の年俸,経歴,本,評価を中心に紹介していきます!

在籍3年で2度のリーグ制覇!福岡ソフトバンクホークス・工藤公康監督に注目!

2017年パリーグペナントレースは福岡ソフトバンクホークスが優勝しました。2位以下に10ゲーム以上の差をつけての、ぶっちぎりのリーグ制覇!しかも交流戦も優勝と今年は絶対的な強さを見せてくれています。このままクライマックスシリーズに日本シリーズと大いに期待が持てそうです。そこで、今回はこのダントツの強さを誇る福岡ソフトバンクホークスの工藤公康監督に注目!気になる工藤公康監督の年俸,経歴,本,評価を中心に紹介していきます!

福岡ソフトバンクホークス工藤公康監督のプロフィール

  • 生年月日・1963年5月5日
  • 出身地・愛知県豊明市
  • 経歴・名古屋電気高校〜西武ライオンズ〜福岡ダイエーホークス〜読売ジャイアンツ〜横浜ベイスターズ〜埼玉西武ライオンズ
  • 身長/体重・175cm/85kg
  • 結婚・1989年に雅子夫人と結婚
  • 子供・長男は俳優の工藤阿須加、長女はプロゴルファーの工藤遥加。他に息子1人、娘2人がいる。

福岡ソフトバンクホークス・工藤公康監督:現役時代の経歴

学生時代

1981年の名古屋電気高校3年時に夏の甲子園大会に出場。2回戦ではノーヒットノーランを達成するなど、チームをエースとして牽引し、全国ベスト4に導く活躍をしました。その年のドラフトで西武ライオンズに指名され入団します。

プロ野球選手時代

西武ライオンズ時代はチームの黄金期を支え、在籍13年間で11度のリーグ優勝、8度の日本一に貢献しました。1994年のオフにFAで福岡ダイエーホークスに移籍。

福岡ダイエーホークスでは、入団直後こそチームが低迷するも1999年に福岡ダイエーホークスの福岡移転後初のリーグ優勝に導きます。パリーグ最多奪三振と最優秀防御率を獲得し、MVPにも選ばれました。またその年は日本シリーズ制覇にも大きく貢献、日本シリーズ優秀選手にも選出されます。

1999年オフには2度目のFA宣言。メジャー移籍も囁やかれましたが当時3年連続優勝を逃して低迷していた読売ジャイアンツに移籍。翌2000年の読売ジャイアンツの日本一に貢献します。

この頃からテレビや新聞などのメディアから“優勝請負人”と呼ばれるようになります。2002年も日本シリーズ制覇に貢献、2004年には超一流投手の証である通算200勝を達成します。その後、横浜ベイスターズや埼玉西武ライオンズに移籍し、2011年に現役引退を表明しました。

福岡ソフトバンクホークス・工藤公康監督の人柄・性格

工藤公康監督がプロ野球界に入った1980年代初頭は、角刈りにパンチパーマやゴルフシャツにスラックス、エナメル靴など、いわゆる“堅物強面ルック”が基本でした。しかし工藤公康監督を中心とした若手はDCブランドにジーンズ、スニーカーなどを着こなし、ヒーローインタビューでは笑いをとったり、優勝決定時の胴上げ中にカメラ目線で、はしゃいだりと今までとは違うプロ野球選手の姿を見せ“新人類”と呼ばれていました。ちなみにこの“新人類”という言葉は当時の流行語にも選ばれていますね。

入団してから結婚するまでの間は、アスリートの基本である健康面に関してかなり無頓着だったようです。独身の頃は毎晩飲み歩き、二日酔いで登板していたみたいですね。昭和のプロ野球らしいエピソードですが、冗談では済まされませんでした。そんな不摂生な生活が祟り、肝機能障害を発症し、医者から「選手生命以前に死ぬよ」と言われた程、当時の生活は荒んだものだったみたいです。またこの頃は成績も2軍生活が長く、低迷していました。その後、栄養士であった雅子夫人と結婚し、生活が改善され、成績も上昇していきました。今では2男3女の父親で2009年には“ベストファーザー賞”を受賞する程です。本当にしっかりとした奥様なのでしょうね。

福岡ソフトバンクホークス・工藤公康監督の気になる年俸は?

現役時代は実働29年間で通算年俸が約36億円と言われている工藤公康監督。
18歳(1981年)の時に西武ライオンズに入団しますが、その時の契約金は6000万円、年俸480万円でした。
その後、右肩上がりに上がり続け、31歳(1994年)の時に大台の1億円選手を突破(9500万円→1億6000万円)します。
最高額は2001年の読売ジャイアンツ時代の3億円みたいですね。

2015年に福岡ソフトバンクホークスの監督に就任し、年俸は1億円と報じられました。就任初年度に日本一になり、今年もパリーグ優勝しています。来年も指揮を振るうのなら、球界トップの年俸になっているかもしれませんね。
ちなみに日本プロ野球界での監督の年俸事情ですが、最高レベルで1億円〜1億5000万円と言われていますね。現在だとトップが阪神タイガースの金本知憲監督で1億2000万円、読売ジャイアンツの高橋由伸監督や東北楽天ゴールデンイーグルスの梨田昌孝監督で1億円だそうです。

福岡ソフトバンクホークス工藤公康監督の著書に注目!

現在は福岡ソフトバンクホークスの監督をしている工藤公康監督ですが、現役引退から監督になるまでの約4年間は野球解説者や評論家をしていました。高校野球の特集番組や報道番組のスポーツコーナーにレギュラー出演していたイメージが強いでしょうか。そんな工藤公康監督は現役晩年から著書を出版し続け、その数は10タイトルを超えています。

現役晩年に執筆した『現役力』『47番の投球論』などはベテラン選手ならではの視点で。引退後に執筆した『野球のプレーに「偶然」はない』『40歳から進化する心と体』『孤独を怖れない力』などでは野球評論家としての立場で野球論を書き著されていて、なかなか興味深い作品となっています。しかし、監督就任後は出版していません。もし今後、監督を続けていくのなら、監督論や指導者に関しての著書に期待したいですね。

 

福岡ソフトバンクホークス工藤公康監督としての評価とは?

見事に2年ぶりのリーグ優勝した福岡ソフトバンクホークス・工藤公康監督の評価ですが、福岡ソフトバンクホークスの元監督であり現在、球団会長である王貞治会長はリーグ優勝を目の前で見届け「去年が優勝できるペースでああいう結果に終わって、悔しい思いをした。徹底した練習の成果が出たのが一番うれしい」と思いを口にした。また工藤監督に対しては「代役選手が遜色ない活躍をしてくれた。工藤監督の指導が実った」と工藤監督の指導能力を評価しました。

今年は内川聖一選手や和田毅選手、川崎宗則選手などチームを引っ張るベテランの主力選手が離脱。その穴を埋めたのは東浜巨選手や福田秀平選手、川島慶三選手などの代役選手でした。昨年15勝をあげたチーム勝ち頭・和田毅選手に変わって、今年は東浜巨東浜巨選手が急成長。現在チーム勝ち頭の大活躍をしています。福田秀平選手、川島慶三選手は時にはスタメン、時には代打で活躍。ここ一番の場面で殊勲打を放つなどスーパーサブとしてチームの勝利に貢献しました。彼らの活躍無しに、優勝はなかったかも知れませんね。

福岡ソフトバンクホークス工藤公康監督の今後に注目!

福岡ソフトバンクホークスの後藤球団社長はチームがパリーグ優勝した際の会見で「工藤監督に対しては、揺るぎない信頼がある。しっかりと監督が思っていることは理解している。来年ももちろん、今年以上のものを出してくれると思っています」と全幅の信頼を寄せているようです。工藤監督は今年、球団から2019年までの契約延長を打診されました。主力選手の高齢化で、チームが過渡期を迎えるであろう来年以降、工藤公康監督の指導力や育成能力に期待しているのではと考えられます。

来年以降も強い福岡ソフトバンクホークスを期待できるのか注目したいですね。

 

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(出典:無料で使えるイラスト素材)

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