巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手のプロフィール!復活にかけるドクターK!

2012年からFA権を行使し、巨人(読売ジャイアンツ)へ移籍した杉内俊哉投手。近年はリハビリの影響もあり、一軍のマウンドからは遠ざかっているものの、球界を代表する左腕の復活に期待しているファンは多いのではないでしょうか。そんな杉内俊哉投手ですが、どのようなプロフィールの選手なのか、ぜひとも知っておきたいところです。今回は巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手の経歴、性格、成績、年俸などのプロフィールに迫っていきます!

もう1度マウンドへ!巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手

 

2012年に巨人(読売ジャイアンツ)に移籍した杉内俊哉投手。高校時代からドクターKの異名をとる、球界を代表する左腕です。

近年は手術のリハビリもあり、一軍のマウンドからは遠のいているものの、来季こそは本格的な復活に期待しているファンも多いのではないでしょうか。

では杉内俊哉投手は、一体どのようなプロフィールや経歴を持つ選手なのでしょうか。今回は巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手のプロフィールや経歴、性格、成績、年俸などをご紹介します!

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手のプロフィール

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手は、以下のようなプロフィールの選手です。

  • 名前   :杉内俊哉(すぎうち としや)
  • 出身地  :福岡県大野城市
  • 経歴   :鹿児島実業高等学校-三菱重工長崎-福岡ダイエーホークス-福岡ソフトバンクホークス-巨人(読売ジャイアンツ)
  • 生年月日 :1980年10月30日
  • 身長   :175cm
  • 体重   :82kg
  • 投球・打席:左投左打
  • ポジション:投手
  • 背番号  :47(2002年-2011年)→18(2012年-)

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手のアマチュア時代

いきなり全国レベル!?

(出典:いらすとやより)

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手のプロフィールを、順を追ってご紹介します。

杉内俊哉投手は小学校4年生の時に野球を始めます。最初は外野手、一塁手を守り、その後投手に転向。その頃から才能の片りんを見せ始めた杉内俊哉投手は、全国大会でベスト16にまでチームを引っ張りました。

さらに中学校に進学し、硬式野球チームの大野城ガッツに所属した杉内俊哉投手は、チームの全国準優勝に貢献。この頃から抜きんでた実力を発揮していたようです。

全国に名を轟かせた高校時代

中学校を卒業し、鹿児島実業高等学校に進学した杉内俊哉投手は、在学中に2度の甲子園出場を果たしています。その中でも高校3年生時の杉内俊哉投手の活躍は、まだ記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。

1998年の夏の甲子園の県大会で47.2回を投げ、64奪三振と驚異の記録を見せた杉内俊哉投手は、「南国のドクターK」の異名をとりました。そして全国大会の1回戦ではノーヒットノーランを達成。2回戦で松坂大輔投手(2017年に福岡ソフトバンクホークス退団)が率いる横浜高校に敗退するも、杉内俊哉投手はその名を全国区に知らしめました。

その後は村田修一選手や實松一成捕手(ともに2017年に巨人(読売ジャイアンツ)を退団)、松坂大輔投手などとともに、第3回AAAアジア野球選手権大会の日本代表選手として選出されました。そして見事に優勝を飾り、これらの活躍ぶりが注目されて杉内俊哉投手と同年齢の選手は、松坂大輔投手の名を借りて「松坂世代」と今も呼ばれています。

社会人でも大活躍!

高校卒業後は社会人野球での活躍を目指し、杉内俊哉投手は三菱重工長崎に就職します。社会人日本選手権大会や都市対抗野球大会の出場に貢献した杉内俊哉投手は、2000年にはシドニーオリンピックの日本代表にも選出されています。

そして杉内俊哉投手は2001年、ドラフト会議で福岡ダイエーホークスから3位で指名され、プロ入りを果たしました。

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手のプロ入り後

球界を代表する左腕投手へ

杉内俊哉投手はプロ入り1年目から一軍登板を果たし、2年目には早速先発ローテーションに定着し、2桁勝利を挙げました。順調に見えたプロ人生ですが、3年目となる2004年には、千葉ロッテマリーンズ戦で満塁弾を浴び、悔しさを押し殺せなかった杉内俊哉投手はベンチを殴打し。骨折してしまったこともありました。

しかし2005年には沢村賞、最多勝、最優秀防御率のタイトルを獲得。翌2006年にはワールド・ベースボール・クラシックの日本代表に選出にされるなど、球界を代表する左腕投手として名を馳せました。

その後も最多奪三振や最優秀投手などのタイトルを次々と獲得した杉内俊哉投手ですが、2011年シーズン終了後には、球団と報酬についての方向性で食い違い、FA権の行使を表明。プロフィールにあるように、巨人(読売ジャイアンツ)への移籍を決めています。

FA権を行使して移籍へ

2012年に巨人(読売ジャイアンツ)に移籍した杉内俊哉投手は、移籍後1年目からノーヒットノーランを達成、史上初となる両リーグで最多奪三振のタイトルの獲得などの活躍を見せます。

翌年以降も巨人(読売ジャイアンツ)の先発ローテーションの一角を担っていた杉内俊哉投手ですが、その後は快投する実力を見せる反面、大敗する試合も目立つようになります。

怪我からの復活を目指す日々

さらに2015年には股関節痛から一軍抹消となった杉内俊哉投手。手術を受けるも、復帰には相当な時間を要するとの判断が下されました。この理由から杉内俊哉投手は2015年の契約更改で、4億5000万円減とプロ野球史上最大額の減俸でサインをしています。

そして2016年夏に、三軍戦でマウンドに上がると、その後はファームで実戦感覚を取り戻しています。杉内俊哉投手は「ヤジでもいいからファンの声を感じて投げたい。絶対に一軍に戻りたい」とインタビューで発言しており、その復帰が待たれるところです。

球界を代表する左腕として、そして「松坂世代」としてプロ野球を沸かせた選手として、杉内俊哉投手の復活を心待ちにしているファンも多いはずです。来季こそ、杉内俊哉投手が一軍のマウンドに上がることを期待しましょう!

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手の特徴

代名詞のスライダーで奪三振!

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手は「ドクターK」と呼ばれるほど、奪三振の数が多いことが特徴の選手です。かつては最速150キロの直球を放っていた杉内俊哉投手ですが、現在は140キロ前後が記録されています。しかしそれでも三振を奪える理由として、杉内俊哉投手の武器であるスライダーの存在が挙げられます。

杉内俊哉投手のスライダーは1種類ではなく、球速の速いスライダーや遅いスライダーなど、多様なスライダーを投じることが出来ます。さらに杉内俊哉投手はプロフィールにある通り、左投げの投手ですが、特に右打者に対しては鋭く曲がって足元に落ちていく軌道が印象的なのではないでしょうか。打者の手元に到達してから大きく曲がるため、打者がバットに当てることが出来ず、三振を奪うことが出来るのです。

さらにチェンジアップやカーブなど、近年は様々な球種を駆使して、三振を奪う工夫をしている杉内俊哉投手。伝家の宝刀と呼ばれるスライダーに加え、様々な変化球で打者を惑わせながら三振を奪うのが杉内俊哉投手の武器と言えそうです。

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手の成績と年俸。性格は?

  • 2002年の成績と年俸

登板数11 投球回44 2勝 2敗 防御率5.93 奪三振46 年俸1500万円

  • 2003年の成績と年俸

登板数27 投球回162.2 10勝 8敗 防御率3.38 奪三振169 年俸1500万円

  • 2004年の成績と年俸

登板数10 投球回45.2 2勝 3敗 防御率6.90 奪三振51 年俸5300万円

  • 2005年の成績と年俸

登板数26 投球回196.2 18勝 4敗 防御率2.11 奪三振218 年俸4000万円

  • 2006年の成績と年俸

登板数22 投球回132.2 7勝 5敗 防御率3.53 奪三振114 年俸1億5000万円

  • 2007年の成績と年俸

登板数28 投球回197.2 15勝 6敗 防御率2.46 奪三振187 年俸1億2000万円

  • 2008年の成績と年俸

登板数25 投球回196 10勝 8敗 防御率2.66 奪三振213 年俸1億9000万円

  • 2009年の成績と年俸

登板数26 投球回191 15勝 5敗 防御率2.36 奪三振204 年俸2億3000万円

  • 2010年の成績と年俸

登板数27 投球回182.2 16勝 7敗 防御率3.55 奪三振218 年俸3億円

  • 2011年の成績と年俸

登板数23 投球回171.1 8勝 7敗 防御率1.94 奪三振177 年俸3億5000万円

  • 2012年の成績と年俸

登板数24 投球回163 12勝 4敗 防御率2.04 奪三振172 年俸3億5000万円

  • 2013年の成績と年俸

登板数24 投球回153 11勝 6敗 防御率3.35 奪三振149 年俸5億円

  • 2014年の成績と年俸

登板数26 投球回159.1 10勝 6敗 防御率3.16 奪三振145 年俸5億円

  • 2015年の成績と年俸

登板数17 投球回95.2 6勝 6敗 防御率3.95 奪三振93 年俸5億円

  • 2016年の成績と年俸

一軍登板なし 年俸5000万円

  • 2017年の成績と年俸

一軍登板なし 年俸5000万円

意外な両面性!?

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手の性格面のプロフィールをご紹介します。

杉内俊哉投手と言えば、満塁弾を打たれた悔しさでベンチを殴打したり、FA権を行使して福岡ソフトバンクホークスを退団する際には涙を流して会見に応じるなど、感情を表向きに出す選手というイメージを持っているファンも多いのではないでしょうか。

2015年に股関節の手術をして以降、再び一軍のマウンドに上がるためにリハビリを重ねてきた杉内俊哉投手。その道のりについて聞かれると、杉内俊哉投手は「そこまで苦しくはなかった。自分は楽観的な性格なので」とコメントしています。

感情を露わにする熱い一面がある一方、楽観的な一面についても発言している杉内俊哉投手。相反するとも言える両面性を持っているのが、杉内俊哉投手の性格の魅力のひとつかもしれません。

巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手の活躍に期待!

以上が巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手のプロフィールです。

巨人(読売ジャイアンツ)でも「松坂世代」の村田修一選手や實松一成捕手の退団が発表され、杉内俊哉投手の同年代では多くの選手が人生の岐路に立たされています。多くの野球ファンを興奮の渦に巻き込んだ「松坂世代」が、もう一花咲かせることを夢見るファンも多いのではないでしょうか。

杉内俊哉投手も「松坂世代」のひとり。ぜひともこの世代の希望となるように、来季こそは一軍のマウンドに登れるか、注目したいところです。巨人(読売ジャイアンツ)の杉内俊哉投手の復活に期待しましょう!

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