福岡ソフトバンクホークス松坂大輔投手!「平成の怪物」と呼ばれた男のプロフィールを紹介!

「平成の怪物」と言われ、高校時代から日本中に注目されながら現役を続けてきた松坂大輔投手。現在は引退の危機とまで言われるほどの状況に追い詰められています。高校時代、西武時代、メジャー時代と結果を残し、日本野球界に戻ってきた松坂大輔投手は、福岡ソフトバンクホークスの一軍での登板はこれまで1度しかありません。今シーズンは契約最終年ということもあり、来シーズンの行く末も注目されています。今回は福岡ソフトバンクホークス松坂大輔投手のプロフィールや成績、これまでの経歴を紹介します。

福岡ソフトバンクホークス松坂大輔投手。輝きを取り戻せるか?

(出典:いらすとや

「平成の怪物」と騒がれ、野球漫画の主人公もびっくりするような活躍ぶりで甲子園を沸かした松坂大輔投手。2015年から福岡ソフトバンクホークスと3年契約を結び日本球界に復帰したものの、2017年9月9日現在までで、一軍での当番はたった1試合。スター街道を歩んできた投手が復活に向けてもがいています。

年齢も36歳とベテランになり、今年は契約最終年とあって背水の陣を迎えています。このままでは終われないと復活を目指しトレーニングに励んでいる松坂大輔投手の来シーズンの処遇にも注目が集まっています。

否定的な見方もされる中、福岡ソフトバンクホークスで再び怪物ぶりをアピールして、レジェンドとなることができるのでしょうか。

今回は福岡ソフトバンクホークス松坂大輔投手のプロフィールや、これまでの名言と軌跡をたどってプロ野球ファンすべてが注目している松坂大輔投手の魅力に迫ります!

福岡ソフトバンクホークス松坂大輔投手のプロフィール

  • 名前   :松坂大輔(まつざか だいすけ)
  • 出身地  :東京都江東区
  • 経歴   :横浜高等学校-西武ライオンズ-ボストン・レッドソックス-ニューヨーク・メッツ-福岡ソフトバンクホークス
  • 生年月日 :1980年9月13日
  • 身長   :183cm
  • 体重   :93kg
  • 投球・打席:右投右打
  • ポジション:投手
  • 背番号  :18

「サボリのマツ」が暴投サヨナラ負けを機に努力の人へ

中学時代から投げるボールがめっぽう速く、東京では名の知れた選手だった松坂大輔投手は、神奈川県の名門横浜高校へ進学します。

しかし、厳しい練習で知られる横浜高校での練習に音を上げ、サボることも多く「サボリのマツ」と呼ばれ、「入るチームを間違えた」と愚痴をこぼすような生活をしていた松坂大輔投手。

しかし、松坂大輔投手が変わるきっかけがとなる出来事が2年生の夏に訪れます。神奈川県大会で3年生の投手の調子が悪く、松坂大輔投手がピッチャーとして迎えた準決勝の横浜商業戦の9回裏。同点でランナーを3塁に置き、松坂大輔投手がスクイズを外そうと思って投げたボールは暴投となりチームはサヨナラ負けを喫します。

1つ上の3年生にとっては高校最後の大会。その試合を自分の暴投で終わらせてしまった悔しさから、その後は奮起し練習にも率先して取り組むようになります。

以後、2年生の秋から公式戦44連勝、春夏の甲子園を連覇するなど大活躍、特に3年生の夏の甲子園準々決勝のPL戦では延長17回250球を一人で投げ抜き勝利、決勝の京都成章戦ではノーヒットノーランで優勝を飾り、「平成の怪物」とのニックネームに相応しい伝説を残しました!

そして大きな注目を浴びた1998年ドラフト会議で、3チームから1位指名され、抽選の結果、西武ライオンズに入団することになりました。

福岡ソフトバンクホークス松坂大輔投手の特徴

剛速球投手から緩急をつける投球スタイルに変化

元々は最速156キロのストレートを武器にスライダーで空振りを奪う本格派右腕としての投球スタイルを得意としていた松坂大輔投手ですが、トミー・ジョン手術をし、復帰した2012年からはカーブの投球割合を増やし、緩急をつけて相手バッターを抑える投球スタイルに変わりました。

松坂大輔投手は高校時代から球威が注目されていましたが、それ以上に投手として素晴らしかったのはフィールディングだとも言われています。

バント処理なども上手く、素早い動きで打球を処理することが出来るため、ピンチになっても安心感の持てるピッチャーとしてチームメイトからも信頼を得ていました!

懐の広い天真爛漫な性格

プロ野球選手で突き抜けた実績を残す選手は、何かしら、家族が貧しいとか体が小さいなどのコンプレックスや「負の感情」をベースに、努力を続け実力を発揮する選手が多いと言われています。がそうです。

しかし松坂大輔投手はそういった「負の感情」というよりも、ただ純粋に野球に打ち込み、野球を続けてきた結果、ものすごい実績を積み上げた選手と言えます。

穏やかで懐が広く、天真爛漫な性格で、同級生からも人生相談をされることも多くあるようで、山あり谷ありの松坂大輔投手の野球人生も、松坂大輔投手に頼りたくなるような、懐の広さを生んでいるのかもしれません。

福岡ソフトバンクホークス松坂大輔投手の成績や年俸

西武ライオンズ

  • 1999年の成績と年俸

登板数25 投球回180.0 16勝 5敗 奪三振151 防御率2.60 年俸1300万円

  • 2000年の成績と年俸

登板数27 投球回167.2 14勝 7敗 奪三振144 防御率3.97 年俸7000万円

  • 2001年の成績と年俸

登板数33 投球回240.1 15勝 15敗 奪三振214 防御率3.60 年俸1億円

  • 2002年の成績と年俸

登板数14 投球回73.1 6勝 2敗 奪三振78 防御率3.68 年俸1億4000万円

  • 2003年の成績と年俸

登板数29 投球回194.0 16勝 7敗 奪三振215 防御率2.83 年俸1億1500万円

  • 2004年の成績と年俸

登板数23 投球回146.0 10勝 6敗 奪三振127 防御率2.90 年俸2億円

  • 2005年の成績と年俸

登板数28 投球回215.0 14勝 13敗 奪三振226 防御率2.30 年俸2億5000万円

  • 2006年の成績と年俸

登板数25 投球回186.1 17勝 5敗 奪三振200 防御率2.13 年俸3億3000万円

ボストン・レッドソックス

  • 2007年の成績と年俸

登板数32 投球回204.2 15勝 12敗 奪三振201 防御率4.40 年俸 約6億3333万円

  • 2008年の成績と年俸

登板数29 投球回167.2 18勝 3敗 奪三振154 防御率2.90 年俸 約8億3333万円

  • 2009年の成績と年俸

登板数12 投球回59.1 4勝 6敗 奪三振54 防御率5.76 年俸 約8億3333万円

  • 2010年の成績と年俸

登板数25 投球回153.2 9勝 6敗 奪三振133 防御率4.69 年俸 約8億3333万円

  • 2011年の成績と年俸

登板数8 投球回37.1 3勝 3敗 奪三振26 防御率5.30 年俸 約10億3333万円

  • 2012年の成績と年俸

登板数11 投球回45.2 1勝 7敗 奪三振41 防御率8.28 年俸 約10億3333万円

ニューヨーク・メッツ

  • 2013年の成績と年俸

登板数7 投球回38.2 3勝 3敗 奪三振33 防御率4.42 年俸 1017万円

  • 2014年の成績と年俸

登板数34 投球回83.1 3勝 3敗 奪三振78 防御率3.89 年俸1億5000万円

福岡ソフトバンクホークス

  • 2016年の成績と年俸

登板数1 投球回1.0 0勝 0敗 奪三振2 防御率18.00 年俸4億円

プロでも怪物ぶりを披露、リベンジが流行語大賞に!

高校球界No.1投手の看板を背負ってプロ野球界に飛び込んできた松坂大輔投手は、初登板となった試合で、内角高め155キロのストレートで、片岡篤史選手から豪快な空振りを奪いました。このシーンは松坂大輔投手のハイライトシーンにもよく出てくる場面です!

プロ初登板でも動じることなく好投をした松坂大輔投手は、プロ初登板を初先発・初勝利で飾りました!

その後は味方の援護がなく、2試合連続で敗戦投手となります。特にロッテ・黒木知宏と投げ合って敗れた試合後に、「リベンジします!」と宣言しました。

わずか6日後のロッテ戦、前回同様黒木との投げ合いを1-0の完封勝利で飾り、宣言通りのリベンジを果たします。「リベンジ」はこの年の流行語大賞となりましたよね。

松坂大輔投手、イチロー選手との初対決で「自信が確信に変わりました!」

松坂大輔投手が初めてオリックス・ブルーウェーブのイチローと対戦した1999年5月16日、西武ドームは試合前から興奮に包まれました。イチローは前年までに5年連続の首位打者を獲得しています。マスコミ各社は「天才vs怪物」と題し、その対決に注目が集まりました。

結果は、松坂がイチローを3打席連続三振に仕留め、勝利投手となりました。ヒーローインタビューの言葉は「プロでやれる自信から確信に変わりました!」と語り、この言葉も大きな話題を呼びました!

オールスター・ゲームにも出場し、第1戦の先発をまかされると、初回を三者三振に抑え、3イニングスを投げて高卒新人として最多の5奪三振の快投を見せます。この年、最多勝・新人王・ベストナイン・ゴールデングラブ賞などを受賞し、プロ入り前の評価を上回る成績を残しました。

その後も沢村賞をはじめとして数々のタイトルを獲得。球界を代表する投手となり、満を持してメジャーリーグに挑戦することになります。

2007年にメジャー・リーグに移籍

日本プロ野球に在籍した8年で108勝を挙げ、2006年オフにポスティング制度を使って、メジャーへ挑戦、ボストン・レッドソックス入りが決定します。

ボストンレッドソックスでは初年度の2007年に15勝、2年目には18勝を挙げ、「平成の怪物」の海を渡ったメジャー・リーグでの活躍に日本の野球ファンは歓喜しました。

3年目には右肩の疲労や股関節の怪我など相次ぐ怪我により野球選手としての歯車が崩れ始め、2009年以降はマイナーリーグに落ちるなど目立った活躍ができなくなりましたが、ケガに悩まされながらも、8年のメジャー通算で56勝を挙げました!

日本球界に復帰、福岡ソフトバンクホークスへ

そして2015年にソフトバンクホークスと3年契約で9年ぶりに日本球界に復帰します。福岡ソフトバンクホークスのキャンプが始まると、新しいユニフォーム姿にも関わらず、取材陣・ファンの目を集めるほどの存在感を示しました。

しかし期待とは裏腹に日本球界に復帰しても状態は上向かず、2015年の夏には右肩の手術を行い、その後は二軍でのマウンドに立つなど復活に向けて奮闘していましたが、2015シーズンでの一軍復帰はなりませんでした。

松坂大輔投手が日本球界復帰後、初めて一軍の試合に登板したのは2016年の10月2日、シーズン最終戦となった対東北楽天ゴールデンイーグルスとの試合です。

メジャー・リーグでも活躍したスター選手の日本復帰登板は事前に報道され大きな注目を集める中、松坂大輔投手はマウンドに向かいました。

しかし最初の対戦相手となった西武ライオンズ時代の元チームメイト松井稼頭央選手に初球からいきなりデッドボールを与えるなど、結果は1回を投げ、3安打、4与四死球、暴投1で、自責点2の5失点と大炎上となってしまいました。

松坂大輔投手はこの日の登板以来、常に引退をささやかれる立場に追いやられてしまいましたが、2017年9月9日現在も、まだ現役で再復帰に向け努力を続けています。

「松坂世代」代表として復活が期待される松坂大輔選手

1980年生まれの選手は有望な野球選手が多く、世代を代表する松坂大輔投手の名をとって「松坂世代」とも呼ばれています。

松坂世代の選手も2016年には36歳となり、ほとんどの選手が現役を引退している中、福岡ソフトバンクホークスの同僚で一軍で活躍する和田毅選手、同じくメジャーから日本に復帰し阪神で復活を期す藤川球児選手、巨人で3塁で出場し続けている村田修一選手など同世代のライバル達も現役で奮闘中。

福岡ソフトバンクホークスは松坂大輔投手がいなくとも十分な戦力を抱えており、パ・リーグで1位を独走していますが、松坂大輔投手の人気は未だ健在で復活を期待しているファンも多く、二軍での登板でもその内容がニュースで詳細に報じられています。

福岡ソフトバンクホークス松坂大輔投手を応援しよう!

今回は「平成の怪物」松坂大輔投手を紹介しました!松坂大輔投手の野球人生は栄光と挫折の繰り返しですが、最後は笑って野球人生を終えられるような状況になってくれることを願ってやみません。

松坂大輔投手が福岡ソフトバンクホークス入団時の発言は先発へのこだわりとチームへの貢献でした。目標とする数字は控えめな200インニングスになるべく近づくこと。

これまでの名言からは若干トーンを抑えがちに聞こえますが、36歳になり大人になった松坂大輔が再び怪物となることはできるのか、どんな名言が飛び出すか注目です。

松坂大輔投手はこれまで日米で通算164勝を挙げ、すでに大投手の仲間入りを果たしています。体力的にはピークを過ぎ、手術をして現在は満身創痍ながら二軍では140km台中盤のストレートを投げるなど、復活に向けて頑張っています。

高校、プロ野球、メジャーと常にチームの大黒柱として活躍を続けてきた松坂大輔投手。プロ野球選手としての人生は後半を迎えていますが、最後に花を咲かせることができるよう福岡ソフトバンクホークスと共に応援しましょう!

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