北海道日本ハムファイターズ・武田久選手のプロフィール紹介!退団を発表し今後の去就にも注目!

北海道日本ハムファイターズの守護神として活躍してきた武田久選手のプロフィール紹介。北海道日本ハムファイターズは今季武田久選手の退団を発表し、ファンの間でも衝撃が広まっています。武田久選手といえば小柄な体格ながら力強いストレートと多彩な変化球で打者を打ち取るスタイルの選手です。かつてはセーブ王のタイトルにも輝き、球界を代表する選手になりましたが、近年は手術などの影響もあり厳しいシーズンが続いています。今回はそんな武田久選手の基本的なプロフィールやこれまでの経歴、成績、年俸、性格などを紹介していきます!

北海道日本ハムファイターズを支えた武田久選手

北海道日本ハムファイターズは今季武田久選手の退団を発表しました。

武田久選手と言えば、北海道日本ハムファイターズを支えてきた守護神として、プロ野球ファンの間では知られています。

ただ近年は1軍での登板は減ってしまい苦しいシーズンが続いているのが現状です。

退団発表はありましたが武田久選手は現役続行を希望しており、今後の去就にも注目が集まっています。

今回はそんな武田久選手のプロフィールやこれまでの経歴、成績、年俸、性格などを紹介していきたいと思います!

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手のプロフィール

基本プロフィール

  • 名前:武田久(たけだ ひさし)
  • 出身地:徳島県徳島市
  • 生年月日:1978年10月14日
  • 身長・体重:170㎝・73㎏
  • 投/打:右投げ左打ち
  • ポジション:投手
  • プロ入り:2002年ドラフト4巡目 契約金7000万円・推定年俸1500万円で入団
  • 2017年推定年俸:1500万円+出来高
  • 経歴:生光学園高等学校・駒澤大学・日本通運・日本ハムファイターズ・北海道日本ハムファイターズ

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手の経歴

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手のプロ入り前の経歴

中学校2年までは内野手を務めてましたが、3年生になってから投手として活躍を始めます。

四国大会で優勝するなどの活躍を見せましたが、武田久選手は投手にこだわっておらず野手転向を考えていたそうです。

武田久選手は強豪校で野手転向を考えていたそうですが本人が留守中に生光学園高等学校の監督と野球部長が訪れ、父親を説得して進学が決まったそうです。

その後周囲にも説得され、投手を続けることになります。

高校卒業後は駒澤大学に進学し、1年生春から登板し、秋には防御率1位で優勝に貢献し最高殊勲選手にも選ばれる活躍を見せました。

東都大学リーグでは通算63試合に登板し、23勝18敗防御率2.27奪三振232という成績を残しました。

大学卒業後は日本通運に所属し都市対抗野球で2勝を挙げるなどの活躍をし、2002年のドラフト会議で日本ハムファイターズから4位指名を受け、プロフィールでも紹介したように、契約金7000万円、推定年俸1500万円で入団しました。

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手のプロ入り後の経歴

ルーキーイヤーとなる2003年と2年目の2004年は2軍での生活が長く、1軍での登板は多くありませんでした。

3年目となる2005年もシーズン前半は2軍でしたが中盤から1軍に合流し22イニング連続無失点などを記録し、勝ちパターンの投手として活躍します。

4年目となる2006年には球団新記録となる75試合に登板し、リーグ新記録となる40ホールド、45ホールドポイントで最優秀中継ぎ投手となり、北海道日本ハムファイターズの日本一に大きく貢献しました。

その後2007年、2008年は主に中継ぎとして活躍し、2009年からは守護神として北海道日本ハムファイターズの抑えを任されるようになります。

シーズンを無敗で終え、最多セーブ投手にもなる活躍を見せたシーズンとなりました。

パリーグの投手としては初の最優秀中継ぎ投手と、最多セーブ投手の両タイトルを獲得した選手にもなりました。

2010年はスタートで躓き抑えから中継ぎに配置転換され、6月18日の試合までセーブはつきませんでした。

その後も好不調を繰り返しながら5年連続50試合登板を記録しますが、苦しいシーズンとなります。

2011年は守護神として復活し、6年連続50試合登板し2度目のセーブ王にも輝きました。

更にはパリーグ初となる通算100ホールドと100セーブを同時達成するなど輝かしい成績を残しました。

2012年は開幕直後は不振や故障もあり出遅れてしまいますが、復帰後は抑えとして活躍し9月には月間11セーブを挙げ初の月間MVPを受賞しました。

最終的には2年連続となるセーブ王のタイトルも獲得し優勝に貢献する活躍を見せます。

2013年には通算150セーブを達成しましたが、故障の影響などにより連続50試合登板は途切れてしまいました。

最終的には31セーブを挙げリーグ2位の記録を残し、3年連続で30セーブを上げました。

2014年は不調で全く活躍できず僅か9試合の登板となってしまいます。

2015年は手術の影響で1軍登板はなく、2016年もリハビリなどで2軍暮らしが続いていましたが、7月27日の対埼玉西武ライオンズ戦で750日ぶりに1軍登板を果たしました。

2失点と結果は良くありませんでしたが栗山英樹監督は「ボールは悪くなかった。久の姿を感動してみていた」とファンと共に復帰を喜んでいました。

ただ2017年も状態は上がらず7試合の登板にとどまってしまい、球団からは引退を勧められるも、武田久選手は現役続行を希望しており退団が決まりました。

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手の成績と年俸

2003年 日本ハムファイターズ 推定年俸1500万円

登板13 1勝0敗 防御率3.06

2004年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1300万円

登板7 0勝0敗 防御率6.14

2005年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1100万円

登板23 2勝0敗2セーブ5ホールド7HP 防御率0.79

2006年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1800万円

登板75 5勝3敗3セーブ40ホールド45HP 防御率2.09

2007年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸7000万円

登板64 7勝6敗2セーブ28ホールド35HP 防御率2.42

2008年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1億1000万円

登板62 4勝7敗6セーブ21ホールド25HP 防御率4.40

2009年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1億1500万円

登板55 3勝0敗34セーブ4ホールド7HP 防御率1.20

2010年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1億9000万円

登板58 1勝5敗19セーブ4ホールド5HP 防御率3.83

2011年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1億5000万円

登板53 2勝2敗37セーブ1ホールド3HP 防御率1.03

2012年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸2億3000万円

登板56 4勝4敗32セーブ3ホールド7HP 防御率2.32

2013年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸2億4000万円

登板47 2勝2敗31セーブ1ホールド3HP 防御率2.28

2014年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸2億4000万円

登板9 0勝1敗1セーブ 防御率8.22

2015年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸8000万円

1軍登板なし

2016年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1800万円

登板5 0勝0敗 防御率14.54

2017年 北海道日本ハムファイターズ 推定年俸1500万円

登板7 0勝0敗 防御率3.68

最高年俸は2億4000万円の武田久選手ですが、プロフィールでも紹介したように今季は1500万円となっています。

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手の特徴

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手のプロフィール【特徴】

膝が地面に着くほど低い重心から投げるフォームが特徴の武田久選手。

リリースポイントが低くストレートは浮き上がって見えるらしいです。

最速147㎞/hのストレートとスライダー、シュート、フォーク、カーブと多彩な変化球を持っています。

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手のプロフィール【性格】

オートレースの熱心なファンとして知られ、スーパースター王座決定戦中継にゲスト出演しています。

責任感の強い性格で不調時には自ら2軍落ちを志願したこともある。

武田久選手も「性格的に0か100しかない」とメディアに語ったこともありました。

北海道日本ハムファイターズ・武田久選手の今後の去就に注目!

「プレート横に置かれた硬球プレート横に置かれた硬球」のフリー写真素材を拡大

(出典:PAKUTASOより)

北海道日本ハムファイターズのブルペンを支えてきた武田久選手ですが今後は他球団へ移籍するという流れになってきます。

プロフィールでも紹介したように武田久選手は1978年生まれで限界も近づいていますが、中継ぎが手薄なチームではまだまだ活躍できるでしょう。

これまで北海道日本ハムファイターズを支えてきた武田久選手の退団はファンにショックを与えましたが、これからどのチームに移籍するのか、移籍して活躍できるのかしっかりと注目していきましょう!

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